武道空手研究会 ~武術・ダンス・東洋医学~

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批判 評価 努力 感謝

現実を直視できるとは、単純に全ての原因は自分にあると理解できる事。
「不平」や「不満」、「嫉妬」などは全て他人のせいにしている時に起こる。

どんなに手を尽しても、なかなか苦労が減らない時もあるが、不平不満がなければ
それで良いと思っている。
人をやたらと批判的に見てしまう時は、何かの不満がある時だ。
全てを人のせいにし、自分の挑戦が甘い時だ。

少しだけ勇気を出して、自分自身の判断でとにかく動けば良いのだが、それができない弱い時に、幾度か不満や不平だらけの時期があった。

宗家にお世話になり始めて少し経った頃の事。
いくら自分が学んでいる流儀が「すごい」からと言って、武道関連の知人、友人たちに自分ができない事を、あたかも自分ができるかの様に吹聴していた事を恥ずかしく思う。

「で、お前は何ができるの?」

と聞かれれば、見苦しい言い訳や将来の展望ばかりの話。
あきれた何人かの友人が離れていった様だ。

現実を直視できず何も行動を起こせない自分への不平不満がその様な言動を起こしたのだろう。
精神的に成熟しないと現実は直視できない。
現実を直視できるのは「いやな思い」や「つらい思い」をした時かなと思う。
武道においては「痛い思い」であると思う。

宗家の体にマッサージなどしている時によく思う。
厳しい鍛錬や激しい組手で酷使したのだろうと。
実際に宗家から「ここはこんな練習をやり過ぎて、こんなになってしまったよ。」
と、古傷についてお聞きする。

批判とは違うが、自分が「この様な技術を身に付けたい!!」と熱望したならば、必然的にその技術へ近づく為の「ものさし」ができ、常にその様な「審美眼」をもって物事を判断する様になる。

それは自分の中では、明確に「区別」をすると言う事となり、評価の上では「善悪」が生じる。
この「評価の善悪」は個人の中では良いと思うが、過去の様に「自分の言動」が他人に迷惑を掛けない様に注意をしていきたいと思う。

だがこの様に、対外的な体裁が気になる様では、まだまだ志が固まっていないのだろう。
自分がなすべき事をなすだけで、自然と理に適ったものになるのではないかと思っているからだ。

挑戦する勇気も無く、他人のせいにしている限り、不平不満は増えるばかりだ。
そんな時、少しでも批判されるとヒステリックに批判を返す。
最低な自分。全てがネガティブ。

やるべき事をやり、しっかりと挑戦していれば、全てがポジティブ。
肉体的精神的に疲労はするが、決してネガティブではない。

ポジティブの波は動き出すと、多方面に影響を及ぼし、勝手に転がっていく。

この波の動きを維持するには「感謝」と「努力」であろうと思う。

感謝できない自分は「不幸」。
全てを受け入れる、全てを直視できるアンテナを自ら捨ててしまう事。

タイ式マッサージでは治療の前に、「治療の師」に感謝の祈りを捧げる。
鍼灸漢方でも諸始祖を祭る儀式がある。
チベット医学では治療の前に、治療家が患者とともに「治ります様に」と神仏に祈りを捧げる。

自分も治療の前に、武道の稽古の前に、教えて頂いた恩師、道を開拓してきた先師らに感謝の意を捧げてから臨みたいと思っている。
日常生活においては、先祖や土地の神々に日々の感謝を捧げたいと思う。
そして自分の現状を把握して、謙虚に努力をしたいと思う。

謙虚でなければ技の真意はつかめない。
伝統の技術とは、掘れば掘るだけ掘り起こせるものだ。
自分勝手に、自分が一番になってしまったら、それまでの技術になってしまう。

いつまでも広く見渡せる目を持ち続けたいものだ。
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実戦的評価について

もともと直接打撃制、顔面攻撃あり、などの現実的な試し合いに慣れた自分は、組手稽古の方に偏り勝ちである。

宗家も昔の空手の組手稽古は、現在のそれの比ではない厳しさであった為、確かな目的意識を持ち続け、現実に還元できるものを追及できたのだろう。

武術や格闘技を求める動機は、十人十色である。
それらがまったくの自由であるのは当然の権利である。

自分の場合は、まだまだ気持ちが若過ぎるためか、腕試しを夢想してしまう。
鍼灸の後輩で、総合格闘技のジムに通う者、スポーツトレーナーで極真初段、タイに一年半住んでムエタイ修行をした職場の同僚などがおり、身近にいるその様な者たちのため、自然に自分も昔の血が騒いでしまう事がある。
だが、それはまったく愚かで、スポーツ格闘技の世界しか知らなかった自分の浅はかな考えである。

ある程度の実戦(スポーツ格技の領域で充分)を経験した事があれば、わざわざガチガチの組手をせずとも、「今のはやられた!」とか単純に理解できるものである。

自分は幾人かの名人、達人と呼ばれる他の流儀の武術家の先生方のセミナーや稽古会に参加した事がある。
自分が参加した方々は、やはり「武術は一触に如かず。」を痛感した。
どの方も、「すごい!!」の一言である。

伝統武術は生きて稽古を続けている限り、成長し続けるものだと思う。
自分の師匠を見ていても、そう思う。
セミナーにて技を体験させて頂いた先生方も、これからも稽古を続けられるのであろう。
ゆえにその差は一向に縮まらない。
すばらしい技術を持った、尊敬できる先達の方々が、自分のはるか前を走り続けていると言う事は、他流の先生であっても非常にはげみになる。
人間があそこまでできる様になるのかと。

この様な現実を知らずに、無鉄砲に腕試しなど考えただけでも恐ろしい。
武道をたしなむ以上、「人に負けたくない。」また「人に負けない様にするには。」と言う意識は当然無ければならない。
まずは自分の流儀の中において、それなりの結果を出さねばならない。

しかし、その意識が強過ぎると、必ず失敗する。
宗家が言われる技から術、最終的に「芸」に至らなければ真の技術では無いと。
いつでも自由自在な攻防を可能にするには、相手の動きや状況をまず把握しなければならない。

「試合で相手に勝つ!」と言う「自分が!!」と言う意識が強過ぎると、心身ともに「外発するだけ」の状態になり、相手の情報を受け取る「受動的心身」の状態になれないからだ。

失敗すれば100パーセント自分のせい。
うまくいっても、もっと良い方法はなかったと模索する。
これが当たり前であろうと思う。

熱いものを触った瞬間に手を引っ込める。
この様に、無意識でできる防御行動を技術化させていく作業である。

自意識の強い自分は、まだまだつかめる事ができない。

宗家の独創的鍛練法

最近は何のジャンルにおいても、教則ビデオ、いわゆる「ハウトゥもの」が充実している。
自分が感心したのは、ダンスもののDVDである。

自分が一時期ブレイクダンス、特にロボットスタイルで波の様な動きとロックする様な動きのエレクトリック・ブギー(今で言うアニメーション、ポッピン・スタイル)に熱中していた頃にこの様なものがあったら、生き方が少し変わってしまっていたかもしれない。

レンタルものを借りたり、気に入ったものは購入したりして、よく見ている。
以前、ここの記事にも書いたが、個人的には「アイソレーション」と言う、頭や胸、腰などを個別に動かすダンサーのトレーニングが身体感覚の開発に非常に有効であると考えている。

また、ブレイクダンスのムーン・ウォークと呼ばれる無重力の様な、滑る様な足使いは当流の「居着かぬ足」の修得において役に立った。

パントマイムから発展したこの動きは、片足のつま先だけで全体重を支え、片方の足を滑らせていき、いっぱいまで滑らせた後、支えていたつま先からかかとを出来るだけゆっくりと下ろしていく。
これを左右の足で前後左右などへと繰り返していく。
もちろん、この時に頭や体幹部がぶれては絵にならない。
非常に厳しい身体操作で、つま先から頭までの体軸の感覚と、左右の重心移動が要求される。

宗家は、空手の動き以外にも、非常に独創性の高い動き、独特の体操の様な鍛錬で、正中線や足捌きの感覚を高められた。

こう言った鍛錬法は、もちろん補助的なものであるが、ダンスが大好きな自分にとっては、
「えっ!!それはブレイクダンスじゃないんですか!?」
と言う様な動きを幾種類も示された。

四股立ちのまま、つま先とかかとを交互に動かし、滑る様にあちこちに移動する宗家。
「それは、そのままダンスに頂き・・・。」
と不謹慎ながらも思ってしまったものである。

この他、床で回転する方のブレイクダンスの様な動きや、全身のボディウェイブの様な動き、顔を空中に固定したまま首から下だけが様々な動きをするなど、あげたらキリが無い。

宗家は、ダンスにはあまり関心がないはず。
マニアックな動きなど知る由も無いであろうになぜ・・・?

この辺りに、宗家の探究心と拘りの無い心をうかがい知る思いがする。
好きであればあるほど、どんどんと発想が出てくるものであろうし、また、自分でも独自のものが出てこない内は、ハンパであろうと思う。

武術とは他人との関係をもとに、自分の心身の感覚を構築していく作業であると思う。
基本は基本。
だが、その基本がどの様にして出来上がったのか、またその真意を知るには、とことん自分の心身と対話していかなけらばならないと思う。
そして、また同志と検証し合うのが「自分の稽古」となっていくのだろうと思う。

シュートボクシング・ I コーチ

前回、「短打」について思った事を書いたせいで、シュートボクシング時代の
Iコーチを思い出してしまった。
自分に接近戦におけるショートパンチの打ち方やガードなどについて指導を頂いた事が、強く印象に残っているためだ。

アマ時代からずっと、稽古をつけて下さったIコーチ。
会長、コーチ、共にお元気でおられるだろうか。

Iコーチは世界戦も経験された、国際式のプロボクサーであった。
引退後は少しぽっちゃりされて、小柄な体格でもあり、人相の良い方で、失礼であるが、正直なところかわいらしい風貌であられた。
勿論、そのお人柄も優しく、いつも選手を気遣って下された。

しかし、いざ練習となると、その教えは厳しかった。
「木田ぁ!! ミットやるか!」
リング上からロープにもたれかかり、いつも笑顔で声をかけて下さった。
Iコーチのミット打ちは本当に辛かった。
しかし、Iコーチに声をかけられると、無性に嬉しかった事を思い出す。

それにしても、なんであんなに苦しいコンビネーションを思いつくんだろう。
しかし、そのIコーチの教えのおかげで、左ジャブ、左ストレート、各種のショートパンチ、左前蹴りからワンツーの繰り返しで追い込むなどなど、実践的な技に磨きがかけられた。

さすが元世界戦経験者。
しかし、国際式ボクシングであって、キックの出身ではないのに、あれほどの良い指導を頂けた事に素直にすごいと思う。

会長もIコーチもお酒がお好きであった。
後楽園の試合後の打ち上げなど、お二人とも非常に陽気であられたのを思い出す。
あの頃は、皆手作りの興行で、リングの解体なども兄弟子らと一緒にやった。
本当に懐かしい。

コーチと練習生、兄弟子と新弟子、師匠と弟子。
やはり、この様に一緒に汗を流し、辛い練習を見届けて下さる、この様な関係から強い絆が生まれるのだと思う。
その中のIコーチ。今でも敬愛してやまない。

練習後、リングのはじっこで、ロープにつかまりながら、Iコーチの背中を踏んでいた記憶がある。
ミット持ちなどで疲れた背中の筋肉をほぐす為だ。
試合前などは、逆にコーチが選手の背中を踏んでほぐしてくれた。
足で踏むなど雑な様だが、本当に気持ちが良かったのを覚えている。

真夏のジムで、2時間やると2kg位体重が減る様な練習をして、ぐったりした体に食い込むコーチの足の感覚が忘れられない。

今、自分は治療の国家資格を取得し、その仕事に従事している。
今だったら、もうちょっとましなケアをコーチにしてあげられたのになぁ、と思ってしまう。

自分がプロ2戦目にして、やめる事を決意し、それを最初に打ち明けたのが、Iコーチだった。

「自分はもう、試合に出たくなくなりました・・・。すみません・・・。」
「まぁ、出たくなったらまた出ればいいよ! 新しいヤツらに稽古つけるだけでもいいから、ジム来いよ! 少し休んでからさ!」

明るく受け答えて下さったIコーチ。
ずっと記憶に残っている。

今でも道場に行くと夜中、稽古後に宗家の背中をマッサージする。
師匠孝行ができると言う事は幸せな事である。

短打

最近は宗家も「寸勁」や「短勁」と表現される事が多いが、自分は「短打」と言う呼称にこだわりたい。
宗家は「短打」の技の外観が、広く知られた中国武術の「寸勁」に似ている事から、認知し易い為に使用されたまでであろう。

自分が「短打」と言う呼称にこだわる訳は、最初に宗家がそう言われた事と、またこれは空手術の技術の一端であり、決して中国武術のものではないと言う事からだ。

中国武術は鍼灸の師匠に「24式太極拳」と「意拳」の気功などの手ほどきを受けた程度なので、中国武術の「寸勁」は映像で見た事がある位で、触れた事も無い。
中国武術を知らない者が中国武術の技術名を使用する事は、中国武術家の方々にも不本意であると思うからである。

自分が学んでいる流儀に対しての誇りと言うか、信念と言うか、自分はあくまで「空手」をたしなむ者としての自覚を持ちたい。

勿論、実際の戦いにおいては、流派もスタイルも関係無い事と思う。
ただ自己や家族の生命を守る事ができれば良いだけで、いちいち流派名を名乗る訳でもない。

しかし、日常の世界においては、流派名は非常に重要な意味を持つと思うものである。
流派名、それは自分の名前と同等に、社会的意味を持つものだと思う。
よって、細かな技の名称にもこだわりたいのである。

自分は今まで、「短打」の試割を演武した事がある。
空手関連の友人の結婚式、琉球古武術道場での一席にて行った。
たった一回なのに、かなり集中して疲れた記憶がある。
拳で触れた板から、拳は引かない。
体重も両足均等のままで、前足だけにかかる様な事もない。
下方向ではなく、水平方向の試割。

試割用の板と言えど、たった一枚を一回で割るのも大変であると知った。
湿っていたりすると、格段に割れ難くなる。

「電子レンジにかけると割れ易くなる。」
とは業界の常識だそうだ。
自分は、試割を行う流儀に属した事がなかったので、最近知った事だ。
フルコン空手に属していた時は、ブロックとレンガの試割しか見た事がない。

短打は通常の突きと、まったく同じ感覚である。
距離が短いだけで特別な事ではない。

自分が短打を覚えたのは、当流の道場では導入していない「砂袋」での鍛錬からであった。
自宅の庭の砂袋で、様々な突きをやってみた。

巻き藁では得られない効果がある。自分個人としては、非常に有効であった。
また、他にも当流で採用していない空手の鍛練法をいろいろ試してきた。

握り瓶、チーシ、大ハンマー、下げ巻き藁(砂袋)などなど・・・。
どれも自分の身体が要求したものを、その時その時に与えてやった。

身体の感覚が飽きると、まったくやらなくなる。
しかし、時が経ち、またやりたくなる時がくる。
飽きたからと言って、すぐ人に物をあげてしまう性格の自分は、同じ物を何度買い
なおしたかしれない。
武術道具店の売り上げに、かなり貢献した様である。

自作の下げ巻き藁などは、今でもお気に入りの一つである。
上下にヒモが付いたパンチングボールのダブルの中身のボールを抜いて、そこにゴム手袋に砂鉄を入れたものを中心部に入れ(砂場で砂鉄を磁石で集める姿も、子供と一緒だとアヤシイオヤジとは思われません!)、周りには空気銃などで使う「BB弾」をいっぱいに詰め込んだ。
自分にとって、まことに具合の良い物であった。

子育て

「なんで、お風呂だとパパとお話しできるのかね?」
娘を風呂に入れている時、言われてドキッとした。

もうすぐ6歳になる娘は、体力も気も強いので、そろそろ締めるところは締めていかなければと思い、少し厳しくする部分を意識し始めた。
その為か、娘の前で笑う事が少なくなった気がする。
かける言葉も減ってきた。 
こちらから働きかけるより、娘の様子をうかがっている事の方が多い。

たまの休みだが、娘と過ごす時間が多い。
逆上がりの練習、自転車の練習、買い物などなど。

全てにおいて、あまり口を出さない様にして、自分の判断でやらせる様に仕向けている。

横断歩道に差し掛かった時なども「自分で大丈夫だと思ったら行きな。」と言う具合に。
勿論、自分が手助けしなければならないと思われた時だけは手伝うが。
子育てには深い洞察と忍耐が必要であるとつくづく感じる。

自分の幼少時が無鉄砲だったので、娘にはしっかりして欲しいと言う思いが働いてしまう。

昔は「元服」して、10代の前半で一人前と見なされていたし、精神的にしっかりせざるを得ない状況であったろう。

現代は便利だが、基本的に「与えられるだけ」の文化である。
勿論、自分で勝ち取るものもあるだろうが、どこかで他人に動かされている事は否めない。

娘には、自分がいいと思ったものを目印に、しっかりと進んでいける様な人間になって欲しい。

武道や格闘技においても、様々な情報も得られるし、どんな道場を選択する事もできる。
雑誌で紹介されている様な有名な師につく事もできる。
この様に便利過ぎると、有難みが薄れる気がする。

自分から無理に困難を背負う事は無いが、それなりの技術を学ぼうとするなら、それなりの「苦労」が絶対条件である様な気がしてならない。

ビジネスの世界なら当たり前の事が、武道の世界では全く無い事もよくある。
それは「あるモノが欲しいのなら、同等の対価を支払いな。」と言う事である。

自分が経験した事、挑戦してきた事、それによって得られたもの・・・・・それらが混ざり合い、熟成され、一個の塊として自分の中に強く根ざしていく。
その塊の濃さや強さ、輪郭などの質と量によって、何を学ぼうと上手くいったり、遅々として進まなかったりする。

逆に「進歩していない。」と言う自覚が強いうちは良い。
それだけ一生懸命だからだ。
「言志四録」だったか、「菜根譚」だったか忘れてしまったが、次ぎの様な言葉がある。
「本当に進歩している時は、逆に退いている様に感じるものである。」と。

自分はこの言葉を噛み締めて過ごした数年間の事を思い出し、現在は少し楽になってきていると感じる。
生き方に多少、まとまりが出てきた様だ。

稽古の時間は圧倒的に減った。
しかし、自己の中の問題を解決する速度が、格段に短縮化している。

ある程度の年齢にもなると、夢物語だけの精神では生きていけない。
社会の中での自分、現実をみなければ自分が淘汰されてしまう。

現実とは、「自分の顔は一つだけでは無い。」と言う事かなと思っている。
武道だけでなく、仕事や家庭、友人との交際など、しっかりとバランス良く、現実を生きていきたいと思う。

達人志向

自分はもともと達人志向であった。
幼少の頃、ブルース・リー、ジャッキー・チェンと中国武術の映画スターが現れ、一大ブームを巻き起こした。
その影響で様々な中国武術にまつわる書物も出回った。

かっこうのいい技が魅力であるが、何より魅かれたのは昔日の名人、達人たちの様々な逸話である。
当然、日本武術にもそうした名人や達人の逸話があるが、自分の少年期は中国武術のそれと比べて日本武術のものは、あまり一般的ではなかった時代であった。

宗家は宮本武蔵は勿論、塚原ト伝などの逸話に魅せられたと言う。

映画などの影響で単純に中1の頃から日本少林寺拳法を習い始めたが、高校からフルコン空手、グローブ空手と進み、いつしか夢の様な達人志向は消えていった。

一応、プロの世界まで行き、しかもやめてから何年も経った頃に達人志向を再燃させてくれる様な師と出会えるとは、思ってもみなかった。

達人志向とは言え、夢ばかり追いかけている訳ではない。
むしろ以前より現実感が増すばかりだ。
常日頃の日常生活の些細な事までが、そのまま武術へと反映される事を身を持って知ったからである。
具体的な例をあげればキリが無いが、とにかく武術、武道は「超現実主義」である。

とかく口先だけで逃げられる事の多い世の中で、格闘技や武道は現実感を持たせてくれるに最適である。
また治療業務に従事したり、自分も病んだりして分かった事だが、「病気」や「怪我」も現実感を得る事この上ない。

人間は肉体を介してのみ、現実を理解できる。
肉体的痛みのみならず、精神的痛みも肉体あってこそ感知できるものである。

格技の世界は、勝敗と敗者の差が極めて分かり易い。
片方は仁王立ち、片方は地面に這いつくばっている。
一目瞭然。

ルールが決まっている試合では、最終回判定勝ちなどと言う事もあるが、基本的に危険度は高く、時に死ぬ事さえ有り得る。
自分の心身の限界、無力さ、等身大の自分を見せ付けてくれる。

本当の自分など見たくないものらしい。
成長したいが為に、今の自分の力を知りたいのだが、本当の自分の姿を知った時と言うのは良い気分ではない。
欠点だけがクローズアップされて見える様だ。

激しい肉弾戦の稽古ばかりを尊ぶ訳ではないが、ある程度のそれ無しでは武術を学ぶのは難しい気がする。特に現代においては。

限定されたルールの中でも、自分の身体を扱う事の不自由さ、無力さを味わう事は可能である。
例えば、お互いに左の突きだけで攻防する、と言う限定条件で組手を行う事もできる。

勿論、型稽古だけで非常に高いスキルを持つ流儀もある様だが、自分の知らない世界は語る事はできない。

ただ始めから名人や達人志向に偏り、高級な技術を求め、組手稽古無しで行くと現実感が無く、
技の意味や有難さなど到底理解不能である。
なぜなら、それらは戦いと言う現実から生じた技術であるからである。

自分も高い技術に憧れてそれを目指すのなら、改めて技の存在する意味を心に刻みたい。

伝統武術と筋トレ

自分の体は故障だらけだ。

両方の肩だけでも、このとおり。
左肩は高校の体操部の時痛めた。右肩はシュートボクシングのデビュー戦の時、投げられた際、背中から落ちてしまうと相手方のポイントになってしまうので、それを避けるために肘を出してしまい、全体重が右肩関節を突きあげる様にかかってしまった。
2ヶ月くらいは右腕をまったく振れずにジョギングしていた記憶がある。

おかげで治療の仕事では、五十肩などで悩む患者さんとの意思の疎通はバッチリである。

いわゆる伝統武術は、一般的な筋力を否定しがちに思えるところがあり、効率的な身体操作を求める為、筋力トレーニングが罪悪に思えた時期があった。
しかし、かなりやり込んだその道の先達たちも多い様だ。

琉球空手しかり、また特別鍛錬具を使わずとも、各種の武器術を学ぶ流派は、武器の重さ自体が、質の良い筋トレを導いてくれる。

一時期、中国武術の内功的な考え方により、特定のもの意外は筋トレをほとんどせず何年か過ごした。
その為、弱っている部分がたくさんある。

以前は動きの質転換をはかる為、現代格闘技の動きを封じて、まともに動けなくなって幾年か過ごした。
この様に、集中し過ぎて偏った事をする性格のため、今頃そのツケがきている。
今は微妙な筋力不足により、過去の故障が出やすい部位がたくさんある。

その様に徹底して筋トレを避けたのは、以前徹底して筋トレをやった時期があったので、その当時の武術的には悪い動きがまた出る様になってしまったら・・・・・と言う怖れからである。

高校2年の頃、フルコンタクト空手の道場に通いながら、ウエイトのジムにも通っていた。
ジムのコーチのすすめでパワーリフティング高校生関東大会に出場した。
体重別ではあったが、なんとか優勝する事ができた。

地元ジムの「磯村俊夫コーチ」は当時40半ばを越えていたが、数々のボディビルコンテストで上位に食い込む優秀な方であった。
たしか50才を超えてからも、スペインで行われた、アマの世界大会で3位と言う驚異的な記録を出した。
特に人に自信を付けさせる事に卓越した感覚をお持ちであった。

コーチの手にかかると、自分で気付かない間に自分の限界を超えていた、と言う事が度々あった。
指導者として、完璧と言っていい。
武道でもこの様な指導ができれば理想である。

話しが横にそれたが、その様に偏りのある鍛錬を重ねてきて、現在もまだその「後遺症」に悩まされる事が多いのだ。

ようやく2,3年前から筋トレを武術的に見直してきており、現在身体の再構築が続いている訳である。

またしても過去の恩師により在り得る、現在の自分について再確認した。
自己主張、自我がかなり強い自分であるが、純粋なる「自分」など無い様に感じる。
自己の中のもの、全て頂いたものしかない様に感じてならない。
恩師や両親などによって育てられたものしか残っていない。
なんとお礼を言ってよいのやら。

優勝のメダル。
パワーリフティングの種目、ベンチプレス、スクワット、デッドリフトの絵が描いてあります。

メダル裏面。当時の記録は3種目合計460kg。内訳はベンチプレス110kg、スクワット165kg、デッドリフト185kgでした。
メダルに82.5kg級とありますが、自分が出場したワンクラス下の階級の優勝者は、小柄ですが自分よりはるかに重い重量を記録しました。全国レベルの選手でしたので。

変化の過程

ブログをつけていると、自然と過去の事が次々と思い出されてきて、自分の変化の過程が見えてきた。
自分の性格の背景がおぼろげながら見えてきた。

過去の記事とだいぶ重なる部分もあるが、改めて書いてみたい。

父は福島の漁港で漁師だった。上京して大工をやった。寡黙で大人しい性格だが、腕力だけは強い。
仕事に対しまじめ過ぎる位である。
口より先に手が出る。
父へのコンプレックス。腕力、強さ、社会的自立と責任感。

母へのコンプレックス。父の鉄拳制裁からの庇護。甘やかされる。
しかし人の迷惑だけにはならない様にとのプレッシャー。
自己の悪を抑圧。外で爆発。
小・中学と上級生としょっちゅう喧嘩。体格がよかった為か負け知らず。負けの味を知らず増長する。
家では父にいつも脅えていた。

父を超える腕力を求める憧れる。中学で腕力では父を超えたが、今度は外に相手を求める。
幼少からの父への畏れの影響で妙な危機感を持つ。いまだにあると思う。
外界へ相手を求めた結果、プロの世界まで行き自己の限界と本性をかいまみる。
本当はお人好しで気が弱い。争いや競い合いが嫌いなのんびり屋。

しかしやめてから数年たつと、プロまでいって2回しかやらず、自分に負けて辞めた様で違った闘争心が湧く。
かと言え他人と本気で殴り合う事はいや。
あの時の自分に負けたくない想い、反面、激しい争いまでしなくても確かな技術を高めていきたい。

出会いを得た。小柄で弱視だが確な技術を持つ師。
仮にも重量級アマの全国チャンピオン、一度はプロまでいった自信。
57歳の小柄な武道家に簡単に砕かれた。
当然こちらも遠慮などしなかった。偽物であれば入門などしたくないからだ。

師は武術の技量だけでなかった。
理系の大学を出てシンクタンクや自衛隊などの勤務経験あり、荒行を貫徹し僧籍まで持つ。
物理学や統計学にたけ、何事も中途半端な人生を歩んできた自分とは違う学者肌。この人に決めた。

当初求めた単純な強さは今は求めていない。
肉体の操作を媒体として精神的調和を目標としているから日常の自分の総合的評価に還元できる。
社会的存在としての自分に格好の反省材料を与えてくれる。

今は日々、成長していく楽しみと共に充実した生活が送っている。
時には、堕落、落ち込む事もあるが。

両親、今まで鍛えて頂いた各道場やジムの恩師と先輩、しっかりしろと叱咤激励してくれる妻子。

現在、娘しかいないが、もし今後男児が誕生する様な事があれば、宗家の一字と父の名の一字を合わせた名前にしたいと思っている。
敬愛する「二人の父」への想い。

30代後半、何かと忙しく、責任も増えてきたが、乗り切っていこう。
がんばってくれ。たのむ。自分。

ベタ足〜足裏の受動筋〜

正中線、コアマッスル、仙骨、腰、腹、丹田などなど、体の中心部分をメインに使う身体操作の提唱は多い。
が、身体の端っこを知らずして、中心は分からない。

前に書いた記事「屈筋と伸筋」でも手を例にあげたが、足裏でも屈筋と伸筋のバランスの事が、重要であると感じている。

武蔵の五輪書にも、足裏のあり様についてこうある。
「かかとを強く踏み、指先は少し上げる様な心持ちで・・・・・。」と。

普段は靴を履いており、足の指先が自由に動かない状態を強いられている。
すると足裏全体を固める様な力が、知らず知らずの内に入っている。
これは足裏をすぼめる様な、地面から伸び上がる様な能動筋力が働いてしまった状態である。この力を抜いて最小限の状態にしてから、更に抜かないと「沈身」にはならない。

一瞬、浮いた状態、また落下の加速度を利用する技術である為、最初からゼロに近い受動筋力だけでいる状態が理想である。
靴を履いていても、指先を少し浮かせる様な気持ちになると、足裏の筋肉群が伸びて、足裏が広くなった感覚がする。

下肢の末端である足が脱力、最小限の受動筋力状態になって初めて、下腿、大腿、股関節、腰腹・・・と、中枢部分が受動筋力状態になる。
末端が能動筋力では中枢も脱力はできない。
無論、地面を蹴りきった時は、指先だけで体を支えた状態になるが、これも受動筋力のみの感覚でできる。腰から始動すれば必ずその感覚になる。

「腰から出る」と言うのも、足などが受動筋力状態であればこそ可能だ。
末端が良い状態でなくて、中心部がいい状態な訳はない。

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