武道空手研究会 ~武術・ダンス・東洋医学~

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人は周期が無いと成り立たないもの

バイオリズム、四季、昼夜、健康な時や病んでる時、調子の良い時悪い時などなど、人間にとってだけでなく、武蔵も万事に拍子というものありと五輪書に記している。

周期や拍子というものは、自然や宇宙になくてはならない法則なのだろうから、それに上手く乗らないといけない。

周期や拍子は、繰り返す波の様なものだろう。

良い事も悪い事も、自分の常日頃の姿勢によって、その変化の仕方も変わってくるだろう。

その時その時の拍子を知り、それに合わせて行動し、無駄な不安や心配をしない様に過ごしたいものだ。
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寝すぎ・・・

今日は祝日で仕事は休み。
色々とやりたい事もあったが、一日のほとんどを寝て過ごしてしまった。

9時過ぎに目覚めた。
自分以外は皆起きており、騒がしい気もしたが、うとうとして起きられなかった。

昨年からずっと修理できていなかった自分のパソコン。
先週、データ復旧センターに修理を依頼したのが届いていたので、確認してみる。

武道や伝統医学に関する資料(全てワードファイルだが)が戻ったので一安心。
過去の自分の経験なども綴っていたものなので、自分にとっては貴重である。

この文献の量がかなりのものなのである。
特に大事なのは、過去の宗家の教えがそのままの口調で記録してあるものである。
たくさんあるので大変だが、近い内に読み直してみないといけない。
過去の11年分あるのだから。

宗家の口伝もそうだが、過去の自分に教わる事はたくさんある。
読み直してみると、
「おれ結構いい事言ってたな。」
「こんな事やってたんだあ。」
「なるほどお。」
などと思う事はよくある。

自分はたいしたヤツではないが、少々肯定してやってもいいなと思えてくる。

昼食をとった後、筋肉疲労のある自分の背中に「吸角」をする。
吸い玉とも呼ばれる治療法である。

力士やプロレスラーなどの背中に、丸い青アザの様な模様がついていたのを見た事があるだろうか。
疲労によりうっ血した部分の血流をうながす為に、陰圧をかけて吸い上げるのである。

吸角をした為か眠くなってしまい、鍼灸の本を読みながらごろごろしていたら、眠ってしまった。
夕方6時前に娘に起こされ、近所の川の土手に散歩に出る。

体が重い。
土手の上の縁石に座り、娘とジュースを飲んだ。
日が沈みかけている時間帯なので、川沿いでは結構寒い。

座った縁石が温かく感じるのは、日中の日差しをずっと受けた熱だろう。
そうだ。今日はいい天気だったのに、ずっと家で寝てしまっていたのだ。
近くで騒いでいる娘の声が、遠くに聞こえて半分夢、半分現実みたいな状態だった。

疲れているのは仕事が忙しいからだけでなく、体を作り直すための運動の為でもある。

おかげで様々出ていた古傷も、だんだんと収まってきている。
患者さんの治療をするには、自分の体がしっかりして気力体力が充実していてなければならない。

養生を考えながら行わなければいけないが、今年は基礎体力を戻すのが第一目標と考えている。

体力練成をする内に、忘れていた様々な身体感覚を思い出す。
「技は力の中にあり」
やはり、ある程度は体力がないと出ない感覚や意識があるのは間違いない。

先月、夕刊フジに自分の書いた体操の記事が掲載された。
フジの記者からの取材を受け、自分は答えただけだが、今度は体操ではなく「東洋医学」と実生活とをからめた記事の連載の話がきている。

とりあえず10本ほどの記事を書いて送らなければならないのだが、疲れの為か筆がなかなか進まない。

とりあえず、あと3本ほど書かなければならないのだが・・・。

古傷と妄想

久しぶりにゆっくりした朝だった。

今日はのんびり過ごそうと思いながら、何気なく部屋の片隅においてある4kgのケトルベル(最近4kgも購入。前からあるのは8kg)を手に取った。

ん?右薬指の第二関節が痛いな。
これは中学生の頃、廊下で後方宙返り(いわゆるバック宙)をして失敗し、手でかばいながら落ちた時の古傷がある。

病院では「亜脱臼」(もう少しで完全なる脱臼)と言う事であった。
指関節周りの複数の靭帯などを痛めたのだろう。
今でも少し変形し、第二関節が太い。

当時はカンフー映画ブームで、アクロバット的な動きに憧れていた。
その頃、テレビでも様々なカンフー特集の番組もやっていて、大好きだったジャッキーチェンがある番組の中で、怪我は数え切れない程したと言う話をしており、自分とは反対の、左手薬指の第二関節を3回(2回かな?)脱臼(骨折?)したと言いながら見せていた。

「この薬指はもう3回も脱臼した事があって変形して、蛇の頭の様になっています。」
と日本語訳の字幕が流れていた。

それを聞いて「おれのも蛇の頭だ!」当時の自分は喜んでいた。
バカな感覚であるが、正直今も無くしたくないと思う感覚でもある。

そんな指の古傷が最近になって痛むのである。
やはり仕事が忙しく、鍼や灸だけでなく、指圧やマッサージ、関節のストレッチングなど手先を酷使しているからだろう。

常に武術的に効率良い動きで、などと思っても、そんなに都合よく動き続ける事などできる訳もない。

宗家はあれ程の高度な技術を体現される方ではあるが、武術の限界(?)や自分の思いも寄らない様な現実感を明確に持った方である。
現実を直視できる感覚が無いと、独りよがりで武道で大成できるはずもない。

入門当初から、自分たちが思い描いた「武道の達人」のイメージを覆す様な現実的な話を色々として下さった。
妄想的になりがちな「名人・達人志向」の人間たちには一番の「いい薬」であった事は間違いない。

技術が素晴らしいと、自然に「人格」まで清廉潔白なものを求めたりしてしまうのが人と言うものだ。

しかし、現実は誰しも生身の人間である。
完璧はあり得ないのが「自然の法則」である。

東洋医学でも
「陰極まれば陽となり、陽極まれば陰となる」
と言うのが大原則。
極まったら消滅してしまうのである。

と言う訳で、勿論宗家もカミサマではない。
宗家のオヤジギャグ(イギリス武道空手セミナー中も連発しておられた。私の笑いのツボである)、また食べ物の好みなど、非常に親近感のわくものを多く持ち合わせておられる。
そんなところが大きな安心感を皆に与えていると思う。

自分も直接打撃制の競技格闘技から「古流的」、「伝統的」な流儀への転身であったので、その辺は期待が大き過ぎたと言うか、人間の常識や現実を無視した“妄想”になっていたところも多分にあった様だ。

なんだか初めの印象から期待をし過ぎるのは、「恋愛」にも似た気がするが、それは「期待」ではなく、自分が勝手に作り上げた「虚像」であって、現実ではないと言う事なのだろう。

他人が勝手に作った間違った自分のイメージ。
迷惑至極な事である。

夢を見るのは寝ている時だけにしたいものだ。

仕事が忙しいと言う事で帰宅時間も遅めになり、日々の自分の時間と言うものがなかなか取りづらくなっている反動で、夜中に運動をする習慣がついてきている。

疲労を溜めてはいけないので、自粛した方が良さそうだが、神経的な疲れは肉体的な疲れによってしか開放されない、と自分では思っている。

それにしても、やりゃあいいってもんじゃないので、オーバーワークには注意したい。

手首から指の鍛錬

今日は鍼灸専門学校の同級生の結婚式。

家族で招待されたので、家族全員支度をするのに朝から慌しい。

自分は着替えてヒゲを剃る位なので、すぐに準備完了。
妻、娘ともやはり女性は時間がかかる。

ヒマになったので、久しぶりにアニメーション、ポッピングのダンスをしてみる。

「ん?腕のポップがイマイチだな。」

ポップ。
筋肉を一瞬弾く様に力を入れて、機械やロボットなどが急停止・急始動した様に見せる技術。

何だか手首から前腕がゆるんでいる。

ダンスは気分から。
と言う事で、好きな曲をかけてやってみる。

途端にポップのキメが出る。力強く、切れを感じる。
手首から先の指1本1本と前腕部後面(手の甲側)の伸筋群を使う意識が出た。

これは普段、空手の動きをする際に、脱力する方にばかり使っている部位だ。
やはり、普段やっている動き以外の使い方は、急には出来ないと言う事だ。

そうしたら、腕の動きがよくなり、鞭身も伝え易くなった。
特に短打を打ってよく分かった。

ともかく、またしても末端部の意識や使い方も重要だと再確認。

宗家は、手首から先の変化も様々試され、相当鍛錬された。
特に圧巻は、「平拳」でクルミを割れると言う事。

「平拳」
親指以外の四本指を二番目の関節部分から曲げ、その部分で打つ。

全身で加速した勢いでも、平拳でハンマーパンチを打てる。
右の平拳だけではあるが、体格差克服の為、少しでもリーチをかせごうと鍛えたものだそうだ。

それが平拳で強く打てると言う事だけでなく、通常の突き、その他の技にも全般に通じる何かを体得させたであろう事は間違いない。

腕だけでなく全身も、ただ脱力しただけでは締りの無い、使えない動きになるだろう。

力を入れる事と抜く事。
これら相互が強く影響し合い、はじめて理想の動きとなる。

そんな事をほんの短時間で確認できてしまうダンスに触れていた事に感謝。
出かける前の空いた時間内で、本当に色んな事が分かった。

その後、自分と妻の共通の友人である女の子(年齢的にもう失礼にあたるか)の結婚式へ。

最後の互いの親に贈り物をする時、自分の出生時の体重と同じ重量のテディベアをプレゼントしていた。

最近は面白い事するなぁと感心。

出生時と同じ重さだなどと聞いただけで、あやうく感涙しそうに。
自分も子供を持つ身になり、こういったものに弱い。

弱過ぎ?

春の夜

帰宅して軽く食事を済ませ、ビールを1缶空けた。
最近、忙しい為かあまり笑っていない様な気がする。

早いなぁ。
もうゴールデンウイーク目の前だ。

気分が落ち着いてきたところで、巻きワラを突くか懸垂でもしようかと庭に出た。
家は狭いが庭はそこそこ広い。
歩道からも奥まっており、落ち着いて様々な鍛錬ができるので重宝している。

この庭には自分の歴史が詰まっている。

カンフースターの真似をしていた小学生の頃。

フルコンタクト空手を始め、先輩に対抗しようと技を工夫していた高校の頃。

プロレスリングに入ろうかとスクワットや拳立てをばかりしていた頃。

シュートボクシングを始めてアマからプロへ。黙々と縄跳びやシャドーボクシングをしていた頃。

そして二聖二天流、柳川昌弘宗家にお世話になり現在まで11年。
武道空手の鍛錬も、ずっとこの庭でやってきた。

そう言えば柳川宗家にお世話になり始めた当時、整形外科に住み込みで勤めていた。

夜は皆が寝静まってから、寝泊りしている3階の下、2階のリハビリルームで外から差し込む街灯の明かりを頼りに、静かに武道空手の形や基本を繰り返した。
これもまた懐かしい思い出だ。

この時が一番無茶な鍛錬の仕方をしていた様だ。
睡眠時間が3時間が普通。
今じゃやってられないよ。

夜の静かな庭に出て、「幸せだなぁ」と思った。
サクラソウやバラがたくさん咲いており、藤棚の様になったキウイフルーツのつるが巻き付いて、どんどん新しい葉を増やしている。

花が多い為か、いいにおいが漂っている。
春の夜の空気が本当に気持ちいい。

忙しくてもこうした時間がないと、自分はダメだなぁとつくづく感じた。
もともとせっかちで短気、衝動的である。

ゆとりを感じられる時間を持つ。
これが無いと、今自分が幸せな事に気が付かない。

自分で呼吸ができる。
飯が食える。
仕事ができる。
家族も元気だ。

経済的には裕福とは決して言えないが、まあ普通に暮らしていける。

とにかく、春の夜に庭に出て、春の空気を吸うのはいい。
昔からよくやっていた様な気がする。

明日は鍼灸専門学校の同級生の結婚式だ。
そろそろ寝るかな。

拮抗筋と主動筋

手腕の受動筋力鍛錬と子供との遊びも兼ねたもので、自分の親指と小指を子供に握らせて持ち上げる事(手の平は上向き、肘は脇につけた
ダンベルカールの様な動作)をやっていた。

今日、久しぶりに娘が自分の親指と小指をとってぶら下がってきた。
小1で23kgにもなった太めの娘はかなり重かった。

娘を浮かせておけるのが、3秒位がやっと。
特に古傷のある左腕は本当につらかった。

シュートボクシング現役時代に、首相撲の練習中に負傷した左首の付け根あたりから腕にかけて痛み、痺れが走る。
疲労が溜まってくると必ず出るものだ。

その辺りの筋量の低下に気付かなかったので、鍛えなおしているところだ。

部位としては上腕三頭筋の内側の方が、最も自覚症状が強く、筋量低下も認められる。

できるだけ武術的に、全体の動きのつながりと受動筋力を意識しながらリハビリに励んできたが、それでも足らなかった様だ。

上記のアームカールの様な動作の筋トレでは、主に力こぶである上腕二頭筋が鍛えられるイメージが強い。

しかし、関節に負荷が掛かった時、主動の筋肉とは正反対の作用の筋肉(拮抗筋)にも力がこもっていなければその負荷を支える事はできない。

上腕三頭筋を鍛えたいので、武術的鍛錬を意識したとは言え、あまりにも先入観にとらわれていたなぁと反省。

目的の三頭筋とは正反対の拮抗筋である上腕二頭筋を鍛える動作で、目的である上腕三頭筋の内側部分を鍛える事を目指した。

そしてそれは指、グリップの形も影響する事が分かった。
普通に五本の指でしっかりと握れば主に上腕二頭筋に効く。

が、娘にぶら下がられた時の事を思い出し、なるべく小指と親指だけでケトルベル(8kg)を持ってアームカールをやってみようと思った。

重心がグリップよりも下に下がる様な構造のものは各関節に均等に負荷を掛け、武術的鍛錬に最適である。
丈夫なもち手のついてバッグに砂や重りを入れてもいいだろう。

すると見事に肘の内側、特に三頭筋部分に効いてきた。

1回力がこもる事を体感すると、その後その部位に力を入れ易くなる。
セイシャンや三戦、転掌などの型をわざと力んでゆっくりやった時の、「肘の締め」の感覚が良くなった。
今までは左はいまいち力が入りにくかった

この部分は尺骨神経も露出している部分なので、強くしておかないと戦いにおける複雑な外力や自分自身の力に負けて痛めたりした大変だ。

古流の空手や他の武術の鍛錬具を、さらに活かす為に持ち方(手首から先の変化)を工夫して色々と試してみたい。

コンディショニング

今日も子供を寝かし付け、なんとか自分の鍛錬が一段落した。

ここのところはずっと、鍛錬と言うより「コンディショニング」と言った感じである。

日々の疲れを引きずっている中、必要な運動をするとしたら当然そうなってしまう。

休息と鍛錬を兼ねた動きを目指しているが、そのどちらをも完全に満たすものは当然無いと思う。

その割合は変化するだろうが、調整と言う事を常に意識している。
鍛錬ができても、翌日仕事へ影響する様ではいけない。

気力で引っ張っていける部分も大きいだろうが、体力とのバランスも欠かせない。

そして勿論、「アソビ」も大事。

好きなブラックミュージックを聴いたり、子供とソフトヌンチャクで闘ったり(小1になった娘はなかなか力強く、動きが不規則で◎)、ソウルバーでゆっくり酒を飲んだり・・・。

どうしても「家庭と仕事」と言う二大要素が主である環境の中では、「調整」と言う事が最も重要になってくる。

精神的にも肉体的にも。

技の可否よりも「自分の気持ち良さ」でやる鍛錬は、違う言い方をすれば「無欲」や「無我」に近い状態かもしれない。

これは心身にとって最高にいいものなのではないか。

好きな音楽を聴きながら、好きな酒を飲んでいる時もこれに近いと思うのは、ちょっとイケナイのだろうか・・・。

こんな状態で鍛錬した動きが本当に役立つ動きであったら、最高である。
また道場仲間と共に検証だ。

効果より良い動き

このブログをご覧頂いている皆様、なかなか更新できず申し訳ございません。

あいかわらず仕事の方が忙しく、毎日少しの稽古時間を作るのが精一杯といったところです。

中央区人形町から台東区上野に移転して以来、さらに忙しくなり嬉しいのですが、その分やる事も増え、またよりよくする為の工夫など、スタッフたちと試行錯誤の日々です。

海外訪問の話もどんどん進んでおります。
がんばらなくては。


最近思うのは、やはり自分は負けん気が強いなぁと言う事。
その負けん気が、実力に追い付いているかは分からないが、少し押さえ気味に行きたいなと感じている。

武道において負けん気は不可欠だが、自分の場合、強過ぎて逆効果であると思う事がよくある。

それは執着心が強いと言う事であり、
「心の居着き」
を招く元になると言う事だ。

B-FIELDの山下さんもよく言われる事だが、古流の武術には「用の美」があると思う。
機能性を追及すると、自ずと美しさを伴ってくると思う。

スポーツの世界でも勝ち負けだけでなく、素晴らしいパフォーマンスを見せる事は重要だろう。

人を感動させ、憧れや希望を抱かせる。

人の精神にとって感動と言うものは、非常に重要な要素ではないだろうか。

何かを発明したり、新たな技術を発展させたりするのに「想いの強さ」や「ひらめき」などのいわゆる「ハイな気分」は、とてつもない原動力である。

勝負に勝つ事もハイな状態にしてくれるものだが、その為にむやみに競争心ばかりが先走ってしまい、失敗した事がよくあった。

今は、武道的に良いかと言うは勿論だが、
「自分が気持ちが良い」
「カラダが欲している動き」
などが先にあり、その効果は後で検証している事が多い。

感性優位の鍛錬とでも言うか。
今まで得たものが上手く調和して、新しい自分のものが出てくる様に、なるべく自分にとって良い状態で稽古したいと思っている。

陰陽論  〜正反対のススメ〜

最近ホントに仕事の方が忙しい。

勤務先治療院が移転してからまだ1ヶ月たっていないのだが、毎日多くの患者さんが来院される。

うちのスタッフのみんなもそれぞれ技術が高く、それぞれにファンがいるからだろう。

最後に掃除、事務処理をするといい時間になる。
それでも日々少しずつだが、自分の稽古はなんとかこなしている。

帰宅後にいい考えが浮かび、まとめたいなと思っても、カアちゃん(妻)が洗濯してる間に子供を風呂に入れなければならない(最近娘は夜更かし気味)。

髪の毛をかわかしてやり、爪を切ってやり、歯ミガキの仕上げミガキをする。
何ぃ! 今日は耳そうじもしてやれだとう!!
 
そうこうしている内に考えの具体的なところは、ほぼ忘れてしまっている。
その考えの骨子だけは覚えているが。

しかし、こうした武道の稽古とはまったくかけ離れた日常の業務(?)があるお陰で努力しようと言う根性がすわる部分もある。

沸いたアイデアの半分以上は「駄作」であるから、案外こうした日常に追われる事で濃縮されていく事もあるかもしれない。

こうした「正反対の事柄」により、育まれる効果は大きい様に思う。

治療業務の中でも、正反対の事をアドバイスする事は多い。

例えば。

天井のクロス貼りをしている職人さんは、上を向いてばっかりだから、首を下に曲げる動作、ストレッチをしてねとか。

床のタイルを張っている職人さんはしゃがんでばっかりだから、膝裏を伸ばす様な治療をやってあげたりとか。

バレエや社交ダンスの先生は、お腹を引き上げる様に美しい姿勢を保つ事ばかりだから、横隔膜を脱力して、重力、自分の身体の重量を感じる様なエクササイズをやってとか。

ゴルフ好きな男性には、右スイングばっかりだから、力抜いて緩める様に左スイングをやってとか。

自分は治療の仕事だから、鍼灸でもマッサージなどでも、うつむき加減、前傾姿勢ばっかりである。

だから、健康目的、身体の調整として、のけぞる様な姿勢での筋トレ、ストレッチなど様々な動きをしたりする。

この場合、これらの動きが武道的に良いかどうかと言う事は、まったく関係無い。

武道をやる以前に、自己の身体を動ける様にメンテナンスする事が何よりも先決であるからだ。

一流派の武道をやり込んで、心底身についたならばこの限りでないかもしれないが、自分はまだまだ分からないし、全て武道的になどとやったら、必ず体を壊してしまうだろう。

目的を達成するのに、必ずしもそれに直結した事ばかりが良い訳ではない事がようやく分かってきた。

仕事の忙しさのせいか、あちこちの古傷が自己主張している。
ホントにしんどいと武道どころではなくなってしまう。

古今の名人、達人はこの辺りの問題が、意識的か無意識的か、解決されていたのだろう。

とにかくいつもやっている事の正反対の要素を取り入れる事で、健康に近づける。

健康的な生活の人は、たまには夜更かししてみるのいいかもしれない。

何と言うか、車でもいつもスピードを落としていると、たまには高い回転数まで空ぶかしでもしないと、いざと言う時動けないじゃないかな、なんてイメージか。

専門的な稽古の時間がとれない状況が続いているが、そんな時期も必要なのだと思う。

物質面での極、物理学、量子力学などでも、突き詰めると物質的な見方だけでは説明不可能な現象にぶち当たると聞いた事がある。

東洋哲学などの形而上学的な、物質とは対極にある見方から説明すると容易いらしい。

ともかく、この様な正反対のものが必ず共存する、また強く影響し合う、支え合っている、と言う法則は絶対らしい。

「善と悪」

なるべく「悪」はなくなって欲しいが、これもまた必要悪などと言うものもある様で、完全に無くなる事は無いだろう。

この正反対論は東洋医学、東洋哲学では

「陰陽論」

と言われている。

自分はこの「陰陽」と言う言葉が大好きだ。

「マジメ」と「不真面目」
「健康」と「不健康」
「理想」と「現実」
「仕事」と「アソビ」

これらのどちらもが、反対側の要素に支えられている様な気がする。

まぁ、何をやっても自己の逃げ道確保には最適の理論であり、
自分の様な者にとって、精神衛生上、無くてはならないものである。

今日も自己肯定をして1日を終え、また新たに明日出発したい。
都合の良いオヤジになってきたなぁ。

オレ、解放!!!
(酔って書いてる訳ではありません)

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