武道空手研究会 ~武術・ダンス・東洋医学~

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アスリートたちの想い

先日、サッカー選手を治療した。
前十字靭帯を断裂し、半月版はボロボロだったそうで、切れた靭帯の再建手術をしてだいぶ経過しているが、痛みは関節の不安感が強く、まだ通常の練習に参加できていない。

自分も過去、アマ時代、プロ時代、その後にかけて両膝を痛めた経験がある。
右膝は、後十字靭帯断裂、半月版損傷。
左膝は、内側靭帯の部分断裂。

同じ経験があるから、話しもしやすい。

こういった若くて優秀な選手が、突然怪我に見舞われ、先が真っ暗になる。
自分も同様の経験があるから、出来る限りサポートしたいと思う。

彼には遅い時間に来院してもらい、時間を気にせずにじっくりと治療と回復の為の運動指導をする。

また最近、若いジャズダンサーの女性が来院した。
彼女は昨年、二度ほど治療と改善の為の相談に来ていたが、今回は半年以上の久しぶりの来院だった。

昔の怪我が原因で、かつ激しい動きを要求されるダンスを続けていた為か、頚椎にヘルニアが出ていた様だ。

彼女が持参したMRIの画像を拝見。
2人のドクターに診断を仰いだ様だが、一人は治すなら手術して、その後も激しい運動はダメだとの事。
もう一人のドクターは、とりあえず様子を見ながら、保存療法的(手術をしない)な考え。

これは治療と共に、骨格や筋肉の正しい位置や動き方を学ぶ事が不可欠である。
上記のサッカー選手と同じである。

特にこのダンサーの彼女は、
「これでダンスやめちゃうのは、納得いかないんで・・・。」

と言った。

彼女の目線の強さをまともに受けてしまった。
よし、その道にかけたアスリートたちの為に自分の力を提供していこう!!

アスリートたちは皆、強く、純粋なエネルギーを持っている。

最近、仕事や家庭などで、あちこちと自分を使い分けているつもりだが、やはり疲れるのか、自分自身の稽古のモチベーションがなかなか上がらないでいた。

自分自身、これではダメだと思っていても、仕事と家庭、毎日やらなければならない事は、やらなければならない。
その結果の疲労。しかたがない。

だが、治療と言う仕事の中で、強いエネルギーを持った若いアスリートたちに出会う事ができ、自分を見つめ直す事ができる。

彼らは熱心だ。
怪我を克服する為に、体の事をもっと知らなければと、解剖学的な話を聞きたがる。
筋肉や骨格を知るのに、簡単でいい本はないか、とも聞かれた。

彼らがこんなに向上心あふれているのだから、自分ももっと勉強しなければならない。


何かをやるには、何かを犠牲にする。
これは当たり前。

しかし、生活の為にしなければならない事は多く、一般の患者さんたちから色々な話をうかがっていると、つくづく普通に生きていくだけでも甘くないと勉強させられる。

そんな世代、年齢の者たちが、どうやって自分の為の時間を捻出するか。
体調管理、意識の持続。

全ての面でコンディショニングと言う要素が強いと思う。

鍛錬と言うより調整。

しかし、日々の出来事は常に出たとこ勝負の感もある。
様々な意味での調整力が欲しい。

今、一番望むのは、全ての面での調整法である。

思いなおしてみると、稽古の方はなかなか進まないでいるが、毎日患者さんの治療の為にと考えている様々な方法がいつしか蓄積しているなとも思うのだ。

自分の時機が来るまで焦らずにいかなければ・・・。
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昔3年、今10年

「昔は3年って言ったけど、今は10年よ。」

治療院に来るある患者さんの言葉。

この患者さんは飲食店経営を30年ほどやっている。
御主人と2人できりもりしている。

昔は何か商売など始めた時に、3年頑張れば大丈夫だと言われたが、とんでもない、今は10年かかるよ、と言う事だそうだ。

これ、文にしてしまうと、あまり珍しくない言葉に聞こえるかもしれないが、実際に生の御本人からうかがうと重みが違う。
心にずしんとくる。

自分も以前、友人と共同で治療院をやって失敗し、個人で4年やって廃業している。
そして現在、また院長として始めて1年半。軌道にのりかけていると言ったところか。

そんな経験もあり、仕事をする事、生きていく事の難しさを理解できる様になった。

その患者さん曰く、成功させるにはコツコツやるだけだそうだ。
しかし、細かい話をうかがうと、ただのコツコツではなく、日々の気合の入り方が違う。


宗家が海外へ向けて、様々な活動を広げていこうと言う現状。
今年は自分はイギリス武道空手セミナーに同行できないが、焦らないでやっていきたい。

仕事の基盤もしっかりさせてから、充実した状態で海外セミナーで宗家のお手伝いをしたい。

万事、目標を達成させるのは容易でない。

武道空手の活動も、落ち着いてコツコツとやっていきたいと改めて思う。

提げ巻きワラ製作

昨日から娘がカミさんの実家にお泊りする事に。

火曜まで帰ってこないので、久しぶりに一人で伸び伸びと熟睡できた。
カミさんは一つおいた向こうの部屋で録画した映画などをじっくり堪能。

朝起きた時の体の軽さが違う。
最近は暑さのせいで余計に睡眠が浅く、起床時から背筋全体が痛かった。

が、昨日から一晩の熟睡で、かなり回復していた。

小さい子を持つお父さんお母さん、本当にお疲れ様です。
共感します。
まるで戦友の様な。

やはり睡眠の深さは重要だなぁ。
乳児を持つお母さんの大変さは、計り知れない。

あっ、子供だけじゃない。
介護も相手が大人だけに相当なもの。

実際、治療に来る患者さんで、介護による疲労の方も多い。

治療と言えば、自分の勤め先の副院長であり、経営者の藤井氏が明日月曜のレディス4と言うテレビ番組に出演する事に。

夏の快眠の為の特集だそうだ。
体温を下げる様な体操を、と言う事で、事前に2人で相談した。

知り合いのテレビ関係者からもらった話で、急であったが14日の木曜の夜に、収録スタッフの方々が当治療院にぞろぞろと。

目の前でテレビ収録を見る機会を得た。

以前から区の施設で毎週、介護予防の体操教室を実施しているので、そういった実績が実ったのだろう。

何事も地道に続ける事からしか始まらない。

それが今すぐ得する事ではないかもしれないが、少し先を見据えた努力。

これって武道の鍛錬と同じかと思う。

これは護身術的に言えば、良くない事とB-FIELDの山下さんが言われている。
自分もまったくその通りだと思う。

「護身」が目的なら、今すぐ、簡単に実行できるものでないと、何の意味もないからだ。

では、武道を鍛錬する意義は・・・・。
これは個人個人で、いろいろだと思う。

そんな時間のかかる稽古。
それを少しでも、効率化したり、充実したものにする為、自分はよく鍛錬具を工夫する。

今日は以前から計画していた「提げ巻きワラ」の改良の為、もう一個製作(?)する事に。



両足でパンチングボールをおさえながら、台所にあったじょうごを使い、エアーガンで使うBB弾を入れていく。

そして、もとからあった提げ巻きワラと接続。

突きだけの練習から、蹴りの練習をする際には、いちいち付け直して高さを調節していた手間が省ける。

下のものに蹴り、直後に上のものに突き、と言った連続技の練習も容易になった。

最初に作ったものには砂鉄も入っているので、結構な重量であるのと、体を乗せて突き込む事もあるので、その衝撃に耐え得る様、上部にはサンドバッグを吊る際に使用するスプリングを付けている。

こうした工夫で少しでも長持ちさせられる。
道具を工夫する事で一人稽古も楽しくなる。

道具に依存せず、いつでもどこでもできる様な稽古も常に考え、実行している。

なかなか道場に行けないので、これ位やっておかないと。

もう来月には、宗家はじめ、道場生によるサポート陣が、イギリスを訪問する。

今回はアイルランドなども予定されており、皆張り切っている事と思う。

仕事の関係で、自分は参加できず本当に残念。

勤務先治療院でも11月頃には人を雇う予定なので、その頃には少し時間もできそうである。

来年はできるだけ、宗家の御活躍をサポートできる様にしたい。

長年にわたり、武道空手の技術を探求し、昇華させ、今、良いタイミングで海外から招聘の声が掛かり始めた。

この流れに勢いをつけたい。

暑さで寝苦しい子供たちへ


これ、何だか分かりませんよね。

竹を小さく切ったものをつなげた、敷物なんです。
接続部分が弾力性に富んでいるので、体にフィットします。

布団の上に敷いてみると、予想以上にやわらかな当たりです。

昨日購入したのですが、なぜかと言うと、娘に安眠してもらいたいからです。

と言うのも、娘はかなり寝相が悪く、かつ体格が良いので、それに夜中に何度もブチかましを食らう私が睡眠不足になり、私自身の疲れが取れないからです。

普段の仕事でも集中力を維持するのに大変で、この夏はずっと終業した頃には虚脱状態になっておりました。

そんなんでは稽古も進まないので、いかに睡眠をしっかりとるかが命題でありました。

クーラーをかけても、夜中に娘がくしゃみをしたりして、あわててクーラーを止めて窓を開放・・・するとまた暑くて寝苦しくなったのか、暴れ出した娘のブチかましを食らう。

人づてに聞いて、様々な冷却効果のあるマットや敷物がある事を知りました。

昨日、鴨川の旅行から帰宅してすぐに、地元のヨーカドーへ。

寝具や敷物などのコーナーをうろうろして、この竹マットを発見!
購入価格は¥3,900でした。

効果の程は・・・・

いつも何回転してるんだか、分からない位激しい寝相の娘が、なんと!

4分の1回転!!
朝までに右に90度しか動かなかったらしいのです。

夜中に2度ほど蹴ってきた足をえいっ!!と押し戻してやった記憶はありますが、私自身もほぼ熟睡。

私も寝てみましたが、体温がこもるのを相当に防いでくれており、冷え過ぎない竹素材の自然な冷たさが心地いいです。

私自身も寝覚めも良く、旅行でかなり疲れていたのが、一晩でほぼ回復。

あっ、私は竹マット使っていません。
娘だけです。

やはり、睡眠は時間の多さよりも、熟睡できている時間帯がポイントなのでしょうか。
いやぁ、世の中の小さなお子さんを持つパパさん、ママさん、本当にお疲れ様です。
大変ですよね、お互いに。

娘も今までより熟睡できたのでしょう。
普段は起こすのに苦労するのに、起きた私の気配を感じて一緒に目を醒ましました。

妻はすでに洗濯始めてましたが・・・。

これはかなりオススメできると思います。
子供に限らず大人でも充分の広さ。
100cm×200cm!!!

皆様の夏バテが少しでも解消されますように。

夏休み最後の日に

今日まで夏休み。

昨日、一昨日と義父の墓参で、鴨川まで行ってきた。

去年は海水浴をしなかったので、今回久しぶりに海の気持ちよさを味わう事ができた。
磯で遊んだり、ただ水面に浮かんでみたり、泳いでみたり。

泳いだ後、急に丘に上がると、妙に身体が重くフラフラする。
やはり、重力のとらえ方の感覚が変わってしまっているのだろう。

とまぁ、海にまで来ても身体操作に関し考えてしまうし、実際に色々と試してしまう。

一泊した翌朝、とても気持ちが良く、鏡を見たらこんなおだやかな自分の顔を見るのは何年もなかった様に思ってしまった。

やはり自然に触れると違う。
やはり、それなりに神経を使っているのだろう。

宗家が大事にされる「感性の開発」も自然の中で行えば、更に精度が増すのではないだろうか。

宗家はその辺りも考慮されてか、頑張っている道場生たちを連れて旅行に連れて行って下さる事が何度もあった。

自分は仕事などの関係で、しばらく参加できていないが、山中の神社などにも弟子たちを連れて行って下さったりする。

武道だけでなく、仕事や自分自身の為にも、意識的に自然と触れる時間を作っていきたいと思う。
また自然の中での稽古についても考えていきたい。

自然の中での鍛錬は、様々なアスリートたちも実践しており、伝統武術においても色々あると思う。
そう言った事にもアンテナを張っていこうと思う。

帰宅してから、録画しておいた格闘技番組を観た。
総合格闘技の「DREAM」ライト級世界トーナメントの選手たちの試合の裏側に焦点を当てた番組だった。

試合会場の控え室で、負けてはしまったが、激しい打ち合いをした選手に対し、別の選手が
「魂削ったっすね。」
と声をかけていた。

魂を削ると人に思わせる経験。
ちょっとやそっとでできる事ではない。

また、北京五輪の女子柔道の谷亮子選手が、惜しくも銅メダルであり、試合までの小さい息子さんを持つ母親、主婦として稽古を両立させていた事もテレビで見た。

試合結果がどうでも、こうした選手たちの日常を垣間見ると、尊敬と言う念しかわかない。
また強く感銘を受ける。
見る者の感情に強く入り込んでくる。

必死にやる事の辛さ、困難、尊さ、生きがい、それに対する憧れ、など色々な思いがわいてくる。

だが、競技ではなく、純粋に武術的に見れば、負けは「死」と言う事で、何の意味も無いものになってしまい、勝負の過程や背景などどうでもよい事である。

伝統、古流の武術は、当然戦国の世に成立したものであるから、その技術体系や理念も「ALL OR NATHING」なのだ。
そうした時代の技術であるから、当然高度なものである。

その様に極めて高度なものだが、現代においては昔と違い、その技術を完全に実証、検証する場は極々限られている。

それが可能とすれば、治安や国防に関わる者の一部、または非合法な世界に住む人々位ではなかろうか。

ごく普通の生活を営む一般人としては、そこを理解しておきたい。

高度なものをやっているだけで、自分はすごいとか強くなった気がしてしまう。
二聖二天流に出会って間もない頃の自分がそうであった。

最近は、ちょっとは慎重さもでてきたのか、今と比べ過去の自分のバカさ加減がよく分かる。

エラそうにしない。

それだけか。

ルールのある競技とは言え、その様な試合や、組手などの稽古から遠ざかった時に陥ったのが、

「やたら謙虚すぎる」

また、

「やたら傲慢になる」

どちらも最悪。

組手や試合、どの様な形であっても、痛い思いをさけて武術を稽古していると、技術の検証ができないだけでなく、思考や人格まで狂わせる。

競技格闘技と伝統武術とは、よく比較されるところだが、自分もプロ・アマ通してたくさんの心身を削る経験もしたし、現在学ぶ伝統武術の素晴らしさもよく分かる。

どっちを専攻するにしても、自分のスタンス、理念が最も大事であると思う。

どの様な経験をして、現在どの様に行動しているか。
それが大事なのだろうと思う。

自分が目指すところ。

伝統武術の高度な技術を目指すも、師と弟子が一緒になり汗をかき、充実した時間を共有できる事。

頭でっかちにならず、現実感ある稽古を積み重ねる事。
相当に厳しいものだが、非常に楽しいものである。

また何よりも、個人の魂が満たされる様な時間と場所を持てる事、また人にも提供できる事。

そうした稽古により、人と人との強い絆を持ってもらう事。

そうだ、これが一番大事だ。

向上心と欲

人間の基本的な欲である食欲や性欲の他に、名誉欲とか知識欲、金銭欲などの人間ならではの欲がいろいろある。

武道への向上心も、欲だなぁとつくづく思う事がある。

精神も含め、技をより良くしようと思う心は際限がなく、時に自分が乱れる位に強くなってしまう事がある。

若い頃は、やたらと人に挑戦したくなったり、今は稽古をやり過ぎ疲れ過ぎてしまう事も。

良くない。
どちらも。

もっともっとと求めるのも、いい加減にすべき時がある。

もともと武道など志す者は、気性が激しいもの。

だが、勢いだけで成功するほど武道は甘くない。

行き過ぎだと思う時、どこかで立ち止まって、正確に自分を観なければ。

欲のまま突っ走ると、必ず落し穴がある。

落し穴は進んでいる時は分からない。
何歩か進んで、ハマった時に初めて気付く。
あまり、ハマりたくないのだが。

より良い技より、より良い自分か。

この様に、分けて考えても答えは出ないのかもしれない。

全ては調和か。
兵法が、平法たるゆえんか。

調和させるには、人間的にもっと酸いも甘いもよく分からなければならない。

日常が修行。

一生勉強。

と言う事は、いずれにせよ一生悩み続ける覚悟をすべきか。

強く求めるものを持っていながら、悩みの無い生き方などできる訳がないんだろう。

今日も寝不足なのは暑さのせいだけではない。

人間てのは、厄介なものをたくさん持っているから困る。

稽古にしろ遊びにしろ、「快」があればエスカレートする。

かなりの快楽主義者である。

少しあらためないと…。

娘と後楽園へ

今日から4日間、夏休みをもらった。

明日から鴨川へ、義父の墓参りで鴨川へ。
妻の弟一家と、義母、私の父母と妻、娘で行く事になるので、にぎやかだ。

特に妻の弟のところは、内の娘と同級と一つ上の2人の息子がおり、相当エネルギーを使う事が予想される。

うちは娘1人なので、あらためて男の子の親の大変さを思い知る(しかも年子で2人!)。
特に、お母さんは大変である。
女の子と違って、元気な割りによく熱出したりするしなぁ。

墓参ついでに海で遊べるのは最高だ。
マリンスポーツや釣りでもやっていない限り、海に行く事はそうそう無い。

海は自然の陽気のかたまりだ。
普段、治療で患者さんと接していると、自分も元気や陽気を充電すべきと痛感する。

病んだ人、疲労した人を癒すには、大自然から陽気をたっぷりと頂くのが一番!
地元の魚料理も楽しみだ。

今日は、妻が仕事に出て行ったが、夏休み中の娘と自分が見送るといった状況は、今までなかった様に思う。
なんだかとても気分がいい。

明日から家を空けるので、床の雑巾がけや布団干し、買い物など、色々と指示を出された。

妻が出掛けた後、すぐにそれらに取り掛かり、11時より自分の買い物へ。
休みなので、娘と2人で出掛ける事に。

考えてみれば、子供と2人で手をつないで出掛けるなど、人生でとても限られた時間だ。
楽しい時間。やすらぐ時間。大切な時間。

いつも通勤で通る地元の商店街、駅ビル。そして、いつも通勤する様に電車に乗る。
たったこれらの事だが、子供と一緒にいる事で、とても楽しくうれしい時間になる。

向かったのは水道橋。

ここは武道具店が多い。
格闘技の聖地、後楽園ホールがあるからだろうか。

目的は「パンチングボール」のダブル(ボールの上下がゴムひもでつながったもの)を購入しようと、ボディメーカーさんに行く為。

到着してみると、営業日がかなり変更されており、本日は休み。残念。
そして、もう一つの行きつけ、イサミさんへ向かう。

目当てのダブルのパンチングボールは見当たらなかったが、他の商品で良い物を発見。
やはり、たまにはこうしてぶらりとのぞいてみるべきだな。

購入したのは、「ビッグ拳サポーター」と「レガース」の二点。


このビッグ拳サポーター、クッション部分が、写真で見るよりとても肉厚。
武道空手の突きは体ごと移動する推進力で突くので、当て止めとは言え、相手も前進してきたところになるので、止めるのが難しい。

いや、触れる前に止めてしまうと、相手は当てられた事が理解できず、あまり練習にならない。

また、確実に相手の前進を止める練習もしなければならない。

打ち込まなくても、止めるだけで結構な衝撃がある為、打つ側も遠慮しがちになる。
萎縮した様な、伸びの無い突きになると悪い癖がついてしまう。

その為、できるだけ肉厚のクッションの拳サポーターがあればいいなと以前から思っていた。

もう一つはレガース。
これもしっかりした作りで、しかも低価格。


自分の脛はフルコン空手時代からとうにつぶれているので、あまり必要ないが、元サッカーの治療院の若いスタッフにこれを着けさせて蹴り込んで貰おうと思って購入。

本人も格闘技は好きで、軽くキックボクシング的な動きを教えたら、妙に覚えが良く、楽しんでおり、意欲も強まっている。

彼自身の運動と、自分の稽古にも少々付き合ってもらう事で、より便宜を図っていく為に様々な工夫は惜しまない。

結局、お目当てのダブルのパンチングボールは買えなかったが、またの機会に。

もともとダブルのパンチングボールは一個あるのだが、もう一つ買って、上下に2個つながった形に連結させて使いたいと思ったのだ。

すでにある一つの方は、中が空気の入ったボールではなく、砂鉄が入った袋やエアーガンで使うBB弾がぎっしり詰まっており、提げ巻きワラとして使用している。

これを普段、突きの練習時には、自分の肩の高さの位置にしているが、蹴りを練習する場合、みぞおち位の高さにしたいので、いちいちヒモを結わきなおして、高さを調節するのが面倒なので、上下に2個つなげたら調度良いだろうと思った。

最近、動きは非常に調子が良い。
と言っても、あくまで自分レベルの話だが。
常に検証が無いと独りよがりになる。注意しなくては。

とりあえず、調子が良いと言う事で、その理由は最近、よく足捌きの練習をしているからだと思う。

そしてそれは蹴り技の稽古に発展する。
若い頃から蹴り技は好きであり、トリッキーなスタイルの蹴り技は特に好きだった。

武道空手の特徴的なのが、手による技(蹴りもそうなのだが)であった事や、組手などで蹴り技を使うと、バリエーションが一気に増すので簡単に優位に立ててしまうので、意識的に封じてきたところがある。

また、武道空手の技術を知ってからは、安易に蹴りを出す事がどんなに自殺行為になるかを思い知ったからでもある。

ともかく、その様な封印してきた蹴り技を復活させる様に、力を入れ始めた。

武道空手の蹴りは、突きと同原理でなければならない。
それは平安などの形に、突き蹴り同時に行う動作などで示されている。

足捌きより先に、蹴り技をいかに楽に、初動の気配無く、速く、強く蹴れるかを追求する事で、足捌き、体捌きが良くなってきた。

ワンシュウの形の動作だったか、その場での左右連続手刀受けの動作が役に立った。

大東流の佐川幸義先生も、足捌きの練習は毎日欠かさずに行ったと、何かの本で読んだ記憶がある。

なんでも剣術の前後素振りの様な動作の足捌きで、これを200〜300回位は日課にしているといった記述だったと記憶している。

武道空手でも浮身を使い、一瞬で前後に振り向きながら上段受けをする動作がある。

足捌きと言えども、居着かぬ様に、また小さい者が最大限にその質量を加速度に変え、動作するには、足だけでなく体全体で行わなければならない。

この様な点が多少なりとも体感できてくると、自分の体ではない様な出足の軽さや、その後の変化、加速度と衝撃力が感じられる様になってくる。

だが、これも「すごい!」と自分で思っても、その上の世界はまだ未体験な訳で、そこで自己満足やおごり高ぶる事のない様に維持しなければならない。

だから常に
「最高に調子がいい!!」
と感じても、それはあくまで“自分レベル”の事であると戒めるのだ。

もっと「その先」が常にあるのだ。
この程度で調子に乗ると痛手を食う。用心、用心。


さて、自分の買い物に付き合ってもらったから、今度は主導権は娘に。

とりあえず後楽園周りを散策する。
後楽園ホールのあるビルの前を通り、懐かしい気分に。

娘に、
「昔、パパはここで試合した事あんだよ。2回だけだけどね。ほら、うちに写真があったろ。」
などと話してみるが、娘はどうでもよいらしく、「た○ごっち」のキャラクターショップへとスタスタ。

その後、外のベンチに座りソフトクリームを食べる。

よせばいいのに、また別の武道具店をのぞき、ダブルのパンチングボールを探してみる。
既にある物と形も違い、お値段も張ったのであきらめる。

娘はめざとく、よく行くファミリーレストランの看板を見つけ、そこでランチタイム。

だいぶ顔が火照っていたので、水分と栄養の補給をさせる。
本当は別のものが食べたかったのだが、付け合せに娘の好きなフライドポテトがついているので、サンドイッチを注文。

たまにしか、こうして娘と2人で出掛けられないので、どうしても甘くなる。

その分、日常では自分なりの価値観でしつけは厳しくしている。

水や食べ物、電気などを無駄にするなとか、トイレのスリッパはそろえて脱げだとか、自分のものは自分で片付けろとか、習い事の時間に遅れるな、人を待たせるなとか、あまり特別な事ではないが、出来る限り守らせたいと思っている。

帰宅して、布団を取り込むと、だいぶ熱くなっていたので、これでは寝られないのではと思い、四畳半に布団を集め、クーラーを入れて冷やす事に。

妻が変えるまでのひと時、もう少し自由を謳歌しようと、昼酒を飲む。
缶のカクテルを2缶開けて、この日記を書いている。

日中からアルコールを口にするなど、普段は絶対に有り得ない状況が、うまさを強調する。

宗家は酒はほとんど飲まれない。

たまーに何か特別な席の時、小さいグラス半分かせいぜい一杯のビールを口にされる位だ。   

酒を口にすると翌日位までは、反応速度が鈍ると言われていた事もあるが、もともと酒はお好きでない様だ。
体に合わないと言うのもある。

自分も強くはないが、酒は嫌いではない。
毎日は飲めないが、たまに深酒する事もある。

急性腰痛や寝違えの患者さんなどへの、アルコール摂取を注意する説明の声も小さくなってきている気がする。

肩関節障害と武道的体作り

治療の現場にいて思うのは、肩関節の障害は本当に難しい。
治療の難しさは、肩に限った事ではないが、腰の障害の方が案外治癒が早い様に感じる。

当然、手術などを要するものや重症のものを除いた話だが。

関節が固まり、動きに制限がでてしまう、五十肩、四十肩。
動く範囲は正常だが、特定の動き、特定の角度で痛みが出る肩関節周囲炎。

これらの症状で、急性期の痛みの激しいものでなく、慢性期に移行したものなら、ほぼ全て武道空手の動きをもとにした運動療法で快方に向かわせる事ができている。

ずっと同じ方法で通用するとは思わないが、現在のところかなり治療の効果が良い。

これも自分が両肩に古傷を抱えており、その痛みと不調に悩まされる事が今もある事。

武道空手と縁があった事。
伝統医学(特に鍼灸)に縁があった事。

これらの事が一つでも欠けたら、この様な恩恵は得られなかったろう。

武道を通じて、体を痛めた人の役にたつ事ができる。
武道と結びついた仕事ができる。

こんな有り難い事はない。
もっと貢献しないと、バチが当たりそうだ。

40才を目前にして、基礎体力をもう一度練り直そうと、様々な基礎鍛錬を行っている。
その中で最も工夫を要求されるのが、古傷のある両肩についてである。

右肩は、肩関節の真横から前面の運動痛(動いた時にでる痛み)。
シュートボクシングのデビュー戦で負傷。

左肩は、肩関節の後ろ、背中側の運動痛。
高校時代の器械体操部の練習中に負傷。

現在の仕事は鍼灸や指圧マッサージなどが主体であり、基本的に「押す」動作が多い。

疲労が溜まっていたり、偏った筋トレなどをしていると、仕事の最中に古傷が痛み出すのである。

古傷の治療として、筋トレ(武道的な)や、ストレッチをしてきたが、時には偏ったものになり痛みが悪化し、その後に修正法として行ってみて良かったものが、やはり武道の伝統的鍛錬法。

肩関節で大事なのは、インナーマッスルのバランスである。

上腕の骨を上下、前後から何本かのインナーマッスルが包み込む様にして着いている。

このインナーマッスルの力の入り具合が、前に偏っていたりすると、上腕の骨は前に偏位する訳である。

関節の位置が偏位したままで運動をすると、関節の周囲や内部で靭帯などが関節に巻き込まれたりして痛みが出る。

健康のために始めた運動が、歪んだ体のまま行うと逆に体を壊す事になるのだ。
健康のためなら、まずは全身の関節をいい位置にする体操の様なものから始めるのが良い。

ヨガやピラティス、ポールストレッチングなどなど、身体内部や全身の関連性が注目されてきた現代では、いいものがたくさんある。

武道空手の基本や形の動きは、正中線を基本とし、柔らかく、人の体に最も自然な動きで、加速や発生した力を連動させていく。

この動きを「ゆっくり」やったり、「軽い抵抗」を加えたり、「引っ張りながら」などして患者さんに施していく。

本当に柳川宗家の弟子で良かった。
武道空手の動きは、十分に医学に応用する事ができる。

細かい話になるが、今注目しているのがインナーマッスルの上腕骨を上から吊り下げる筋肉と、腕を引いたり捻ったりする上腕骨の下に付く筋肉とのバランスである。

上腕骨を挟む様に付着し、その作用が「吊り上げる」、「下に(または後ろに)引く」と言う正反対の筋肉たち。

肩の古傷を癒す為、これらの筋群を鍛錬する。

だが、今まで個々の筋肉ごとに分けた鍛錬が多かった。
こっちの筋肉はこっちに作用するから、反対方向に伸ばしてやる様にストレッチしてみるか。

この筋肉は腕をこの様に動かすから、その方向に負荷を掛けて筋肉を強く、太くするか。

ごく当たり前の考えの様だが、それでも武道的、より自然な人間の動きに近い、複合運動を意識して行った。

だが、どれも思う様にはいかなかった。

部分的鍛錬をすると、しばらくすると調子が良くなってくる。
だが、もう少し時間が経過すると、また痛みが出てくるのだ。

これはもう、何度も長い周期の実験を試みて出た結果である。

では純粋に武道空手の動きをゆっくりしたりして、それをリハビリとする事はできないか。

自分の場合は発想が貧困な為か、これもうまくいかなかった。

武道の動きの稽古は、武道の動きそのものは良くなるが、長時間の鍛錬や、激しい組手などに耐えうる武道の基礎的な力は養えなかった。

今まで何度も書いてきた事だが、やはり様々な武器や道具を扱う流儀は、自ずと「質の良い動き」と「武術に必須の筋力」の両方とも鍛錬できるのだろうと思う。
便利である。

で、自分はどうしたかと言うと。

長時間の稽古、激しい稽古、予想不可能な外力が加わる事がある組手などに耐えうる基礎体力、地力を養う為に、伝統的な基礎体力鍛錬具・鍛錬法を導入した。

こちらで何度も語っている、「チーシ」や「握り瓶」については、もう聞き飽きた方もおられると思うが、今回は握り瓶について気付いた点について少々。

上記の腕を上下から挟む筋群、「吊り上げる」と「引き下げる」両方の筋力のバランスを取りながら、必要な筋力も鍛えられると言う目的を誰にも分かり易く伝えている。

握り瓶の口の部分を両手の五本の指でしっかりとつかみ、両腕をだらりと下げた形を見た人は多いだろう。

あの形でなるべく最小限の力みで、とイメージしながらやっていると、肩の痛みが消え、動きもよくなり、ちょっとやそっとでは負けない強い力が、肩にみなぎっている感じになる。

やはり関節が正しい位置におさまり、筋肉群も正しい使われ方をすれば、自ずと力もみなぎるのだろう。

気付いた方もおられると思うが、この腕と肩の形状、中国武術の「意拳」や「太気拳」などの「立禅」の形によく似ている。

技術以前の基礎体力を養成する形が、そのまま応用技術へと発展する様な稽古体系を作った偉人たちに脱帽。

空手は空手で当然ある訳だが、沖縄から本土に伝わり、そこでまた色々とミックスされたりして、様々な伝承者の思惑から、その技術体系、稽古体系も取捨選択をされ、現在にいたっている。

当流の宗家も、その鍛錬法は様々に研究されている。

武道空手の技術修得の為の体系は完成されつつあるが、技術を学ぶ以前の、武道的基礎体力練成、「武道的な体作り」の体系は、まだ未完成と言っていい。

と言うより、まだその整備に着手されていない。
いや、宗家はその部分は個人の自由に任せておられるのかもしれない。

それよりも、当流の宗家が力を注いでおられるのが、「感性の鍛錬」である。

肉体面よりも本能や第六感と言った、人間本来持っているはずの未開発の能力に重点を置かれている様だ。

感性や個性が開花すれば、自ずと技の理も感知できる様になるだろう。

しかし、自分の場合、細部にこだわる神経質さからか、また治療家と言う肉体面にこだわる職業の為か、どうしてもそこのところに目が行ってしまう。

とは言え、武道でも治療でも、感覚面、精神面の事が最終的な基準になる。
が、そこにたどりつく前に、やっておかなければならない基礎作りがあると言うもの。

高級な技術や精神面を目指し、下手に分かった様なふりをしていると、手痛い目に会うのは良く分かっている。

まず目に見えるところをしっかりやるべき。
目に見えるところを鍛錬していると、不思議と目に見えにくいものに気付くものだ。

要するにしっかりと「下積み」をしろと言う事だ。
下積みの無いものにいいものは無い。

天才と言う人たち、地道な努力した意識も無い人たちは、下積みを下積みと思っていない。
故に天才か。

優秀な科学者が妙に哲学的な思想を持っていたり、精神論者が非常に高度で理解し易い理論的思考であったりすると言うのはよくある。

自分の場合、職業の治療に役立てる為にも、また武道空手の技術を体現させる為にも、まずは肉体面、それも技以前の体作りにこれからもこだわっていきたいと思うのである。

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