武道空手研究会 ~武術・ダンス・東洋医学~

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男のストレスケア?

何かと忙しい現代。
老若男女、すべての人のストレスケアが必要である。

自分も小さいがスタッフを抱える治療院の運営しており、気付けば

「疲れたなぁ〜。」

と思う時がある。

武道を志す者、そんな弱気でどうする!!と山本常朝がいたらひどく叱られそう。

まだ子供も小さいので、死ぬことと見つけたり!!!なんて言う気概もなく・・・・。

そんな自分の憩いのひと時は、大好きなブラックミュージックに囲まれてお酒を飲む事。

ボトルを入れておけば最低¥1,000ほどでも飲めてしまうし、家計も圧迫しないし、月に?回くらいはいいだろう(と思う)。

そんな自分の行きつけの地元のSOUL BAR、「STOMP!!!」のマスターが昨年12月から2週間ほど入院される事に。

詳細は分からないが、まだお店も再開されていないので心配。

小さなカウンターに座ると、いつも自分のお気に入りのソウルミュージックをかけて下さる。

そうこうしていると、自分の叔父と同級生だった地元商店街の老舗お茶屋さんの御主人がとなりに座り、地元ネタで盛り上がる。

今度はどこそこの店で大きなソウルイベントがあるよ、とかそうした情報も常に下さる。

最近、そうした夜遊びも行けてないなぁ。

地元なので、同じカウンターに座ると、自分の友人や知り合いとどこかでつながっている人たちである確率が高い。

いい関係だな、こう言うのは。

普段ならすれ違っても見ず知らずの人なのに、こうした場で会えばオトモダチ。

時にはその業界の有名人も来られる。

去年はEXILEのリーダー、HIROさん(私と同年齢)が元いた「zoo」と言うグループのボーカル、サツキさんが小学生の息子さんといらっしゃったのにはビックリ(ZOOの「Choo Choo Train」はサツキさんが歌っていたのです!)。

またマスターが自分とそれほど離れていない年齢なので、「地元のワルの先輩」的な感じ。

だから話す事も昔の悪さした話など、本当に楽しい話ばかり。

でも月に平均2日くらいしか休んでいない様な、非常に仕事にまじめな方なのだ。


末永くお店を維持して頂きたいので、ここらで大型連休をとって頂くのが良いのだろうな。

マスターゆっくり休んで下さい。

またおじゃまさせて頂きます!!

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神人合一

自分は特別にこれと言った宗教を持っている訳でないが、信仰心と言う様なものは幼少時から無言の教育を受けている。

墓参りや法事などを欠かさない母親、毎朝立派な神棚に手を合わせていた祖父、酉の日にはいつも庭のお稲荷さんにお供えし奉っていた祖母など、神仏混合のよくある日本の宗教観の家族の中で育った。

そのせいか、自分も当たり前の様に毎朝神棚を奉り手を合わせ、仏壇の御先祖に手を合わせ、そして庭のお稲荷さんに手を合わせてから仕事に向かう。

先祖は現在の自分のルーツとして感謝すべきもの。

地元の氏神様は、住まわせてもらっている土地の長。

庭のお稲荷さんは、うちの家族、一族が住む小さい範囲の土地を守っていてくれているもの。

こちらが頼まなくても、いつも世話になっていると解釈している。

日々お世話になっていますと言う気持ちで行なっている。

そんな考えでいるので、武道にまつわる信仰や宗教観も自分なりにある。

これもそんな宗教観からくるものの一つ。

「神人合一」について。

神が与えたもの、それは自分を取り巻く環境全て。

自己の肉体と精神が内なる環境。

生まれた環境、時代、今いる環境、境遇などは、自己の外部の環境。

そういった自己を取り巻く全てのものを受け入れ、克服していく調和していく事が内外合一、神人合一と言う事につながるのではないだろうか。

特別な修行などして得られるものでもない様な気がする。

自分の目の前の事こそが、もっとも重要であり、必要性ももっとも感じる。

特に精神性や形の無いものの価値が薄れた現代にあっては、身の回りのことで感じるしかない。

自分を取り巻く環境はどうしてこうなのか、その意味などを考えたりしている。

はっきり分からなくても受け入れるしかない。

受け入れてさらにどうするのか。
どんな問題にも最善の答えを出せる様、努力を惜しまず、問題に対し恐れず、自分ならではのやり方で受け止めていきたい。

武道に携わっていると、そうした答も分かっていくのではないかと思っている。

自分を表現する

自分の力を発揮する為には、迷いや心の引っ掛かりがあってはならない。

一言で言えば、自己表現と言う事に尽きる。

自由に自分の世界を表現していく。

何の下積みもなく、はじめから自由と言う事は無いが、いつまでも何かの従属物であってはいけないのだろう。

自己の肉体と精神で試していく。
一事を為すのに遠慮などはしてはいけない。

他人にならともかく、自分はどうやら自分自身に遠慮していた様だ。

思い切って自己を表現していかなければならない。

おそらく外の世界に自分を問うていく事を恐れていた様に思う。

自分自身が必要以上にそういった呪縛にとらわれていた。
それは誰にそうしろと言われたでもなく、自分で勝手に思い込んでいたのだ。

自縄自縛である。

ダンスが魅力的なのは、自己表現と言う要素が出やすいジャンルだと思うからである。

特にストリートダンスはダンスで競うダンスバトルがある。

下手でも初心者でも、基本技ができていなくても、その場の観衆を根こそぎ持って行ける様な魅力を持ったダンサーに出会う事がある。

その魅力は、やはりその人の個性が充分に出ていると言う事だ。
自分がストリートダンスへの関心が高いのは、そんなところも大きい。

結果や評価がどうであろうが、それを外に出していかない事には結果が出ない。

出していたとも思うのだが、まだまだ出し切れていなかったのだと、かなりやられた感がある。

参っている。

このひどく参っている時があればこそ、また新たなスタートから始められる。
しかし、今まで何度繰り返してきた事だろう。

もうこれほど強い落ち込み様は無いだろう、なんて油断していると忘れた頃にまたやられるのだ。

だけど、いったいいつまであるのだろうか。

上にあがりたいと言う気持ちを捨てない限り、またあるのだろうと思う。

大変だ。

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