武道空手研究会 ~武術・ダンス・東洋医学~

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才能を人為的に開花させる?

天才はその才能を人為的、能動的、作為的に開花させていると感じた事。

ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英先生の密着取材をしたテレビ番組を観た。

その中で、益川先生が聞かれている音楽について語られていた。

ベートーベンのピアノソナタ。

御自身が大きなひらめきを得る課程の心持ちによく似たものを感じるとのこと。

この理論はいけるんじゃないかと思うわくわくしたはやる気持ち。
いや待て待てと押さえる気持ち。

その様な感情を自分も普段の治療や武道の稽古などで常々体験している。
時には、はっとして夜中に起きてメモ書きしたり、体を動かしたりする。

その様な経験があるので、天才と凡才の差こそあれ、何かに没頭した者の共有できるものを感じた。

今現在に何かを発明しそうな状況ではなくても、日常から音楽を聞いていながら、発明に至る起承転結を擬似体験し、発明に必要な心身の状態のシュミレーション、リハーサルを常に行なっているのではないかと感じた。

御本人はそう思っているかは分からないが、何か大きく前進する時は「気分」が非常に大きく影響すると思うのである。

その気分を維持する為に、無意識にしている事が案外重要なものなんだろう。

自分の場合も音楽を聞く事などがそれに当たると思うが、どんなに混合った電車でも本を読み続けている人などを見てもそう思ったりする。

やはり発明などに関わらない一般の人たちでも、気分を良く保つと言う事は重要だろう。

気分を良くする、盛り上げる、安定させる為の様々な習慣。

これは誰しも持っているものであろうし、何か大きな発明をする人などは、少しでも気分をいい状態にさせる為に、ちょっと変わった習慣や行動を取られたりする事もあるので、天才は変人とか言われるのだろう。

自分がよくいい閃きを得ていた時期に、どんな生活習慣、パターンだったのかを考え直してみたいと思った。
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〜まさかの再会〜 第20回全日本テコンドー選手権大会

昨日の夜も休前日と言う事で、葛飾区某所にブレイクダンスを練習している若い子たちを見に行きました。

夜10時過ぎから集まりだし、思い思いの練習をこなしそれぞれ帰宅していく。
まるで屋外ジムと言った感じ。

一番多い時で10人ほどで、中には女の子も来ていました。
テーピングの仕方をアドバイスしたり、ダンスに関する雑談などして時間を過ごします。

初めて会う子が多かったですが、みな練習場所に着くと必ず一人一人に握手しながら挨拶をする。

帰る時もそうなんです。
同じ練習場所を共有する仲間として、一人一人にきちんと挨拶してから帰る。

路上の活動なのに、こうした流れと雰囲気ができている。
まれに遠方から訪ねてきた子がいれば、仲間として家に泊めてあげたりする。

大きな家族の様なコミュニティで、温かいです。
みんなともっと交流を深めて、ストリートダンスのトレーナーとして役に立ちたいと思います。

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更新が遅くなり、もう先週の事ではありますが、大きなイベントへの参加をご報告したいと思います。

先週、三連休の最終日。

朝8時半に原宿に集合し、テコンドー全国大会の医療チームとして、代々木第二体育館に向かいました。

当日は二名のドクターも来て下さり、基本的にはそのサポートと、試合前の選手のストレッチやスポーツマッサージなどを行いました。


華麗な演武や、韓国の有名な武道パフォーマンスである「JUMP」の特別公演も組み込まれ、緊張したトレーナー業務の中でも楽しめました。

しかし、治療院にきてくれている選手同士が決勝や準決勝の舞台で競い合う事がいくつかあり、非常に複雑な気分で応援と無事を祈っておりました。

それでも自分たちが治療や調整をさせてもらった選手が、優勝や上位に入ってもらえるとうれしいものです。

しかし、怪我をした選手の治療計画などもすでに頭の中で動いておりました。

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収穫の多いトレーナー参加でしたが、この日さらに自分の人生において特別な出来事がありました。

シュートボクシング協会のシーザー武志会長と再会したのです。

アリーナにいる私たち医療班の席から右斜めの前列に、それらしい人をお見かけしたのです。

あれ?!と思い目を凝らすと、遠くにいてもあの鷹の様な目つきはそうそうおられるものではありません。
いまだに左右が2.0と言う視力が役に立ちました。

当時よりだいぶやせて温和な感じがしたので、テコンドー協会の顔見知りの師範にお聞きして確認をすると、すぐさま挨拶に向かいました。

会長に「失礼します。」と挨拶をすると、「あ、どうも。」と気付いておられない御様子だったので、
「会長、木田です。木田実です。」
と言うと、
「ああ、前は頭がこうだったよなぁ!」
と、手付きで髪の毛を逆立てている様な仕草をしながら笑ってお話しておられました。
(当時の自分の髪型です。変ですが・・・。http://blog.goo.ne.jp/kida4649/e/fd8d9e7104d527804056f9a6c45b270e)


「お前、何やってんの?」
「鍼灸整骨院の院長をやっており、今日は医療班として参加してます。」
「お前、いくつになる?」
「もうすぐ40です。」
「そうかあ、お前が40だもんなぁ。」

同行していた若い選手らしき人を指し、
「お前、こいつ知ってる?」
「いえ・・・」
「そうかあ、時期が違うかな。(私を指し)こいつ白山の時のジムにいたんだよ。」
と同行されている若い方に説明され、
「遊びに来いよ!」
と言って下さいました。

会長とお話している間、何度か涙が出そうな気分になりました。
アマで全国優勝までしてプロデビューさせてもらったのに、2戦しかしないで辞めてしまった自分。

会長に何の恩返しもできず、いまだ自分の心に影を落としていた部分だったのだと思いました。
練習以外でも様々な面でかわいがってもらった事は忘れられません。

自分がお世話になっていた頃、まだシュートボクシングも創設5年ほどで、会長は40歳近くなっているのに、御自分が引っ張っていかなければと、試合にも出て、協会運営に必要な人脈を確保する為に、夜は様々な方とお酒を飲む事が多く、だいぶ内臓も傷められた。

それが今回、やせた姿とやや丸くなった様な雰囲気の会長を目の前にして、いろんな事が思い浮かび、どっと自分の気持ちの中に流れ込んできた様な気分でした。

自分も当時の会長と同じ位の年齢になり、心底その大変さを思い知りました。

会長に改めて御挨拶に行ければと考えています。

今、このタイミングで18年ぶりに再会できたと言う意味を考えてみたい。

やはり、心の中にずっとひきづっていた何かが強く強く、残っていたのだと感じます。

シュートボクシングをやめてから歩んできた自分の生き方が、何らかの形で恩返しする事ができれば・・・・。

自分がこれから歩んでいく方向性。
公私の分別無く、全ての面で何らかの示唆をしている様な、鮮烈な出来事でした。

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昨日、まだ冷え込む時期なのに、結局午前3時過ぎまで楽しそうに努力しているブレイクダンサーの子たちを見ながら思いました。

やっぱり生きていくのには自分なりの「誇り」を持っていなければならないと。

生活の為には、時には本意でない事もしなくてはなりません。

すべて自分が充分納得した事ばかりを仕事にする事なんてできっこありませんが、生きていく、それの為に自分の誇りがいつの間にか
「ゼロ」
になっている時がありました。

ほんの短い期間ですが、過去の何年か振り返ってみて、確かにそういう時期が何度かありました。

そのたびに、それに流されてはいけない!と強く思い返し、何度も何度もあらがってきました。

しかし、今は無理にあらがうのではなく、自然な形で自分の誇りを維持しながら、仕事をしていく、生きていく事ができるのではないだろうか?

何となくではありますが、今はそんな風に思えています。
不惑を目の前にして、少し希望が見えてきた様な気がいたします。






選手のケアをする治療院のスタッフ。

子どもたちの演武はこちらも元気をもらえます。

ブレイクダンスバトル!!

先週の三連休初日、私の地元江戸川区の区民館にてブレイクダンスのバトルイベントがありました。

私はそこへトレーナーとして参加しておりました。
治療院の若いスタッフにも同行してもらい、ダンサーの子たちの急なけが、ケアの指導などにあたりました。

このイベントは私の友人である地元のダンサーの子たちが主催しているイベントで毎年2回ほど行われています。

地元である江戸川区はストリートダンスが盛んで、全国的に見てもレベルが高い様です。

そうした事からか、長野や仙台など遠方からの出場者もいるほど知名度がある様です。
ストリートダンス好きな私としては、こうした地元のイベントにトレーナーとして参加できる事がうれしい限りです。

バトルは3人の1チームが30組以上参加、トーナメントであがっていくと言うもの。
午後2時に始まり、終了したのは8時半を少し回っていたでしょうか。

ともかくすごい人数のダンサーたち。
20前後の子たちがほとんどで、20代前半位でもだいぶ上の先輩といった感じです。
もうすぐ40の私としては・・・

アクロバティックなブレイクダンス。
最近は、女の子も多く、素直にすごいなと思わせられるものです。

この様なストリートダンスのコミュニティーは「大きな家族」と言った感じで、私はそこが一番好きなところです。

学校も別、住んでいる町も少し離れていても、道端でダンスしてた子たちがつながって輪になり、先輩から後輩へといろんなものを伝えられる。

ブレイクダンスはバトル、つまりダンスで勝敗をつけるのがもともとの目的だったので、自ずと技術向上、見せ方向上のための努力、負けじ魂などが先輩から受け継がれていく訳です。

下手でも大勢の人前で踊って、他のダンサーと比較される事を早くから経験している子たちは、自分と言うものをみんな持っている。
しっかりしており、私も学ばせられる点、反省させられる点が多くあります。

そんな子たちだから、関わらせてもらいたいのです。
せめて怪我や故障から少しでも守ってあげられたらと思うのです。

今日もイベントにも出ていたダンサーの子が2人、治療院に来てくれました。

私が武道やダンスから得た身体感覚と操作法をダンサーたちに役立てていきたい。
また、今だに自分もダンスをする事で、武道で行き詰った時、不調の時に、打開策となるアイデアを抽出できるので、本当にダンスには感謝です。

今後も若いダンサーたちにダンスを守っていってもらえる様に支援していきます。

愛してます!!
HIPHOP!!!


上の写真、左は親指を捻挫したダンサーに包帯固定しているところ。
白衣にキャップ、どう見ても変です。
右は、手首を痛めた子にケアの仕方など説明しているところ。
会場内の音量がすごいので、耳元でしゃべらないといけません。


上の左の写真はバトル風景。
左の真ん中ら辺に、人が丸くなって中に浮いてるのが分かるでしょうか。
右は当イベント名物、逆立ちコンテスト。
バトル決勝戦前の休憩時間に、誰が一番長くできるかを競います。


右はヒューマンビートボックスの場面。
口で様々な曲、様々な楽器の音を表現します。人間業じゃないですね。会場も大盛り上がり。
左は観客の皆様。
親御さんや友達、地元の人たちで賑わっていました。もちろん私も地元民です。

起こす変化・起こされる変化

先日の背部挫傷に関して思い出した事がある。

前屈みの変な姿勢でくしゃみをして痛めたのだが、くしゃみをする時の激しくも本能の動作は、相当なパワーがある。

くしゃみでぎっくり腰や寝違え、まれに肋骨を骨折する事もある。

中国武術の発勁の種類でも、横隔膜を激しく収縮させて、主に上半身の作用で打つものがあると何かの書で読んだ記憶がある。

細かく考え過ぎると、また宗家にたしなめられてしまいそうだが、確かに打ち方は一つではない。

逆にそんなにある訳でもない。

一つの原理による打ち方を、その場その場に合わせた打ち方を自分が選べるかだろう。

昨年の大晦日に急性腰痛を起こしたりと、最近は不調になりやすいが、原因の一つとしては変化を急激に起こす自分の性格にあると思う。

幼少時から、こうと思ったら、すぐ行動に移さないと気が済まない性格だ。

40前になり、少しは落ち着いてきたかと思ったが、周りに迷惑が及ばないであろう自分自身の事であれば、さっさと変化を強いてしまう。
結局は体を痛めて身近な人たちには迷惑をかけてしまう。

こと身体の操作に関しては、こうした方がよくなる!と言う事に欲張りで、今までと正反対の使い方に平気で切り替えてしまう。

体の負担が大きいのは当然。
メジャーのイチローさんも同じコンディションを維持する事に細心の注意を払っている。

自分はいまだに維持すると言う事の重要性を理解していない。

医学的、生物学的にも恒常性の維持と言う事が、生命維持の一大要件。

生物の一番の基本を無視した行為は、自滅するだけである。

しかし自分を取り巻く環境の変化に対応しようとして起こす変化は進化であり、やむを得ないもの。

作為的に起こす変化と、やむなく受動的にさせられる変化。

どちらが無駄が無く、精度の高いものかは一目瞭然だろう。

変化の起こし方も問題があるだろうが、生物としてもっともっと最低限必要な事が不足している様に思う。

毎日が人工物に囲まれ、時間に追われ、本来生物として大切な事に時間を割けない日常。

万緑の中で静かに呼吸したり、衣食住にかける時間と手間、そして思い。

これら全てを満たそうとしたら、一般的な社会生活は営めないだろう。

そんな生物としての基本が満たされていないから、体調の維持もできないばかりか、キレやすくなっているのかもしれない。

打ち方一つでいろんな事を考えてしまうが、理想は何でも一つに集約させたい。

それが日本伝統文化の精髄であるから。

しかし、何でもシンプルにまとめられるには、非常に優れた感性が必要だ。

その感性を養えるかどうかが一番の命題である。


自分はもっと学ばなければならない。

宗家が言われる「自然体」、「受動的」や、鍼灸の師匠が言われる「逆らわない」、「自然にまかせる」などについて。

もっと深めなければならない。

背部挫傷

また失敗してしまった。

昨日の朝、着替えを取ろうとして胸の高さの引き出しを引こうとした際に、足元にバッグやら何やら置きっぱなしにしてあったので、かなり前のめりになっていた。

その時にくしゃみをして背中がぎくっとなり、ぎっくり腰ならぬ「ぎっくり背中」になってしまった。

専門用語では「背部挫傷」と言うことになるのだが、要するに寝違いとか肉離れとかと似た様な事が背中に起きたのだ。

大晦日からのぎっくり腰といい、ここ何年かはちょっと無理が重なった為か、故障がよく出る。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
休日も自宅治療院の患者さんを診たり、家の手伝いをしたり、武道や東洋医学などの考え事をまとめたり専門書を読んだりして、その合間で自分なりの稽古をしており、本当に自分の小さな範囲の中だけでの行動になってしまった。

だけど、そんな小さな自分のテリトリーが、以前よりも大切で居心地の良いものに思えてきた。

前は無いものねだりが多かったが、できる範囲でやっていく生活の中に、相当な可能性を見つけられる様になった。

それを無駄にしない為にも、自ら楽しめる様にやっていきたい。
必要な無理と、必要でない無理との違いを見極めてやっていきたい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
この「背部挫傷」、仕事場の仲間にテーピングを施してもらい、なんとか一日やり過ごした。

自分で背中を触る。
背骨を上からなぞってみると、ちょうど痛めた高さの背骨が右側にゆがんでいる。
8番目と9番目の肋骨が右側に捻じれていた。

右利きだから、マッサージや指圧の時、右手を主に押していく事が多い。
その様な動作が多いし、武道や鍼灸でも右利きである影響は多い。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
自分で調整する試みをした。

右足を前に前後に足を開き、左手を歪んだ第8・9番目の肋骨に当てる。
少し左に体を倒して、目標の肋骨に力が加わる様に調整する。
そのまま何度か柔らかく反動を付け、体を捻じる。

若いスタッフの子にやる前との違いを確認させる。
「もどってますよ・・・・。」

普通、背骨のゆがみなどは、整体やカイロプラクティックなどの他人から受ける骨格調整でないとなかなか戻せないとの認識が強い。

特に肋骨が付く12個の背骨、胸椎はもともと可動性が少なく、ゆがむと戻すのに難しい部位だが、自分でもこれでも戻るものなんだなぁと思った。

それにはいつも体を柔軟に保つ様にしていたり、身体操作の感覚に少しは慣れていたりと言った条件があるが。

以前から全身の調整法を研究しているが、もう少しつめて自分でできる整体の様なものを考えていこうと思う。

自分と同調する

柳川宗家が言われる「自然体」。

感性と理性が均衡を保ち、上手に切り替えができる状態。
これができてはじめて相手の意識を察して先手をとる事ができる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
日野晃先生はこれを相手と「同調する」と言われる。

相手と同調する為に真剣に相手と「向き合う」ことが必要だ。
また、それ以前に自分と真剣に向き合わなければならない。

相手を読む前に自分ときちんと向き合い、先入観無しに相手を勘違いせず受け止める事ができるか。

この様に武道とは相手が生きた人なだけに、いくら身体操作に長けていても、それだけでは使い物にならない。

精神のレベルでの反応が先にありきで、その上で身体が精神の反応に呼応していけるレベルに鍛錬するもの。

心身。
この二つ、決して別物ではない。

この二つを統御するには、稽古の時だけでなく、日常生活や普段の思考のレベルから変えていかないと無理なものである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「自分を否定する」とは、武道においてよく言われる事。
できない自分を知り、それで駄目だと自覚する事。

しかし、言葉への個人的な感覚の問題なのだが、
「自分を否定する」
と言う事がどうしてもしっくりこなかった。

弱い自分、できない自分を否定なんかしたら、なおさら前に進めなくなる。

日野先生は「同調する」と言う事を言われる。
そこから相手を誘導、制御する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「自分と同調する」
自分を否定するより、この方がしっくりくる。

ここからすべて始まる。
自分を否定もせず、肯定もせず、同調して今の自分の状態を把握する。

自分と同調できて自然体となれば、相手の状態は自分の感性に必ず映し出される。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
人間とは言語で考えるもの。

理屈っぽいかもしれないが、ちょっとした言葉にこだわるのも良いかと思う。
自分にとって、もっともしっくりくる言葉。

それは自分を前向きにしてくれるもの。
活力を与えてくれるもの。

様々な人が言う理論や方向性なども、自分にとって心地いい言葉に置き換えて取り入れていくべきかなどと考える。

甘えや、温室育ちも良くないが、自分がネガティブになる様な要素からは極力は離れた方が良いと思う。

自分を甘やかすことと紙一重かもしれないが、そここそが自分自身との勝負かもしれない。
自分自身しか判断ができない。

とりあえずは良いと思われる方へ進み、検証を忘れない。
間違いが分かればすぐに良い方へ修正する。
その様でありたい。

理解する

問題を理解するって大変だ。

武道でもダンスでも、仕事でも私生活でも・・・・

生きている限り「問題」が生じる。

学校の勉強の上での問題ではなく、すべて自分自身に起因する問題。

一時的に見ないふりはできる。
忘れたふりもできる。

でも絶対に逃げたり避けたりする事のできない問題。

自分の問題とは「自分自身」だから。

武道や東洋医学やダンスなど、少しでも上手くなりたいと思えば、自ずと問題にぶつかる。

ぶつかってばかりの日々。

まるで、決して終わらない「宿題」を抱えたよう。

提出期限もなく、課題も決まってなく、自分で見つける宿題。
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何が問題なのかを理解する。

その前に、どうなりたいのかを分かっていないといけない。
こうなりたい、それを阻害するのが自分にある問題。

武道でもダンスでも、東洋医学でも、それは技術だけの問題ではないと気付く。

教わり、教え、交流し合う人たちとの関係の中にこそ、問題が見つけられる。
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自分がどういうやつで、何を求めて、どうしていきたいのか、初めから明確に自覚することはできないが、自分自身を少しずつ明確にしていきたい。

自分を掘り下げることは、すごく疲れることもある。

だけどそれなしには、武道もダンスも東洋医学も何も上達できない。

だからやる。

いろんなものがうまくなりたいと思うが、結局は自分にとっての「快」を求めているのだと思う。

「快」を求めるために少々「不快」なものとも向き合っていかなければならない、この現実。

だが、時間を重ねる毎に、その「不快」が「快」にこそならないものの、ほんとうに必要なもの、感謝すべきもの、会うべくして会ったものと思える様になってきた。

自分の周りに不要なものはないように思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それでもくたびれてしまった時。

自分のやる気を超えて、疲れがたまってしまった時。

気力が無くなりそうになった時。

自分を支えてくれている人の存在を思い出す。

いつも自分に味方してくれる人たち。

亡くなってしまった人たちも含めて。

それを忘れて一人でふさぎ込んでいたら、こんな罰当たりな事はないなぁと思う今日この頃。

自分も自分のやっている事を通じて、誰かの支えになれたら。

生きれば生きるほど、自分なんて何も無い、自分の力の無さを痛感する。

それでも自分にできる事を追及し続けるのが「宿題」か。
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かわいがってくれた祖母。

92歳で亡くなるまでしっかりしていた。

足は弱くなってしまったが、いつも自分を気遣うことしか言わなかった。

特別なことを言うわけではないが、うまく言葉にできないが、祖母といると全てが許される様な気がして、本当に心地が良かった。

縁側で日向ぼっこしている様な穏やかさ。

実際に、自宅のとなりにある旧式の家屋には縁側があり、祖母がよくそこから庭で体を動かす自分を見ては、
「すごいねぇ。たいしたもんだねぇ。」
と繰り返していた。

祖母にほめられて育てられなければ、つぶれていたかもしれない自分の弱さを思う。

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